京とおうみ自然文化クラブ

「京(みやこ)とおうみ自然文化クラブ」は、認定NPO法人シニア自然大学校の京都府・滋賀県の地方組織です。 旧ブログは左下リンク集より閲覧できます。

 例会報告

例会 3月24日(火)「京都御苑の歴史と巨木・珍木巡り」

 地下鉄丸太町駅に10時集合。参加者は会員26名一般5名で合計31名。10時10分、間之町口(京都御苑入口)にて、澤田勉さんより本日の例会について説明がありました。その後、班分けを行い、各班は約10名で編成。
    1班(説明・誘導:澤田勉・大河内)
    2班(説明・誘導:新堀・高橋・木全)
    3班(説明・誘導:澤田章夫・海老原・中林) ※敬称略
 当日は予報どおりの快晴で、3月としては暖かく、モクレン・ウメ・モモ・サクラなど多くの花が咲き、爽やかな一日となりました。
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午前の見学
 午前中は閑院宮邸跡にて説明とシアター鑑賞を行い、その後、九条邸跡・宗像神社を見学しました。
閑院宮邸跡(シアター等)
 京都御苑は1200年以上の歴史が積み重なった場所です。平安時代(794年〜)の遷都以降、貴族の邸宅や行政の中心地として栄えました。しかし鎌倉〜室町時代にかけて公家の力が弱まり、屋敷は減少。さらに応仁の乱(1467年〜)により京都市街は壊滅的な被害を受け、空き地や農地が増加しました。
 江戸時代(1603年〜)には朝廷保護のため整備が進み、明治時代になると天皇が東京へ移り、公家も移住したことで再び空地が増えました。その後、政府により保存・整備が行われ、現在の庭園や屋敷跡として整えられました。なお、閑院宮家は孝明天皇・明治天皇、そして現在の今上天皇へと続く血筋と深い関係があります。
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② 巨木
・イチョウ
 九条池のイチョウは幹周588cmで、京都御苑内最大とのこと。春のこの時期は長枝がまっすぐ伸び、短枝がコブ状につくのが特徴的でした。
・クスノキ
 宗像神社のクスノキは樹齢400年以上とされ、非常に雄大な姿が印象的でした。
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③ 名木・珍木
オガタマノキ+エノキの合体木
 落葉樹(エノキ)と常緑樹(オガタマノキ)が一体化し、まるで1本の大木のように見える非常に珍しい木です。
清水谷家のムクノキ
 樹齢300年、高さ約20m。禁門の変の戦火もくぐり抜けた歴史ある木です。
桜松
 クロマツの上にヤマザクラが生育した珍しい例。マツは1996年に枯れましたが、ヤマザクラは幹の空洞を通って地面まで根を伸ばし、現在も毎年花を咲かせています。
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④ その他(花の観察)
 ウメ・モモ・サクラが同時に楽しめるエリアがあり、この時期ならではの景観でした。それぞれの違いも観察できました。
・ウメ
 花びらは丸く、一節に一つ咲く。花柄がない。見頃:1月下旬〜4月上旬(関西)
・モモ
 花びらの先がやや尖り、一節に二つ咲く。見頃:3月中旬〜4月下旬(関西)
・サクラ
 花びらの先に切れ込みがあり、花柄が長く花数が多い。見頃:3月末〜4月上旬(関西)

 また、近衛邸跡のしだれ桜は特に美しく、時間をとって鑑賞しました。
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おわりに
 本観察会にあたり、ご説明・ご案内いただいた澤田勉さん、大川内さん、新堀さん、高橋さん、木全さん、澤田章夫さん、海老原さん、中林さんには、準備から当日の進行まで大変お世話になり、心より感謝申し上げます。 (文/永井)

例会 2月27日(金)「城南宮周辺と京セラ資料館見学」の報告

 梅のつぼみも開き、洛南の地も春めいてきました。2月最終週の27日、洛南の院政文化の史跡と現代のものづくり最先端をいく企業の京セラ資料館を見学しました。心配された天候は曇天、やや寒いが歩くには良いぐあい。参加者は31名。「日本史で院政って習ったが、ややこしかったな」とか、「何とか上皇とか法皇とか、親子兄弟で仲たがいして戦争になったり、とても名前は覚えられへんかったな」とか、最初に訪れた近衛天皇安楽寿院南陵あたりで二重の多宝塔を見ながらの皆さんの会話でした。
 洛南鳥羽の地は、天皇を退いてのち、政治権力と経済力を握って院政をおこなった上皇たちの活動した舞台でした。近衛天皇陵も、鳥羽天皇陵、白河天皇陵も、この地にあるが縮小しており、またゆかりの寺社も多かったが戦乱で焼亡して、往時の姿は想像しにくい。この近辺は現在ほぼ民家に囲まれた住宅地で、イメージするのがとても難しい。
 前半の平安末期の院政時代の史跡や、明治維新の引き金となった鳥羽伏見の開戦地だったことは、北向山不動院(鳥羽上皇の勅願所)の住職さんが40分ほどきわめて懇切な説明をしてくださった。お願いしてあったので平日ながら本堂をあけていただき、会員一同ゆったりと説明を聞くことが出来た。通常本堂の開扉は土曜日のみとあった。パネルを何枚も使いながら平安京と鳥羽の地の位置関係と、地形上の鳥羽の津、湊としての重要性、上皇たちのエピソード。また、戊辰戦争での薩摩軍の本陣や、開戦のさいの鳥羽村の村民の協力、その際の不動院の役割など、多岐にわたってのお話だったが、わかりやすい説明であった。
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 昼食をとった鳥羽離宮跡公園は、いまは住宅や工場に囲まれた運動場のようで目で追える程度だが、当時の規模は想像できない程の広さであった。もう少し、この離宮公園が日本歴史上の重要地だったことを公園内のどこかに説明して掲示すべきではないか、と思った。

 後半の京セラフインセラミックス館へは、離宮公園から徒歩10分ほどで着いた。まず、稲盛ライブラリーで、京セラ創業者の稲盛和夫氏の紹介ビデオを見せていただく。続いて、同館3階に復元されているオフスを実見して、外に出て本社ビル1階から2階へとまわっていった。本社ビル1階は京セラギャラリーでは、ピカソの晩年1968年のデッサンや版画、乾隆帝期の清時代の陶器他の展示品などが、2階は京セラフインセラミック館で、京セラがこれまでに開発して作り上げてきて製品化してきたフインセラミックの数々が展示してあった。日常の家庭台所用品から、電化製品の部品、携帯電話や自動車の部品、航空機や宇宙船の部品に至るまで、セラミック製品が汎用的に使われており、そのための開発が日々行われていることに気づかされた。
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(写真はクリック/タップで大きく表示されます)
 京セラという企業の資料館の見学から、あらためて現代社会において製品開発の研さんと努力に真剣に取りくまれている姿を見ることが出来た。1時間30分の時間内で要領よく、会社全体を案内していただいたことに感謝したい。   (文/木全清博)

例会 2月24日(火)「大和大納言豊臣秀長ゆかりの地を巡る」の報告

 日中は20℃を超える穏やかな今日、今話題の「豊臣秀長ゆかりの地を巡る」が行われました。集合は近鉄郡山駅、改札出口には最近取り付けたと思われる桐の紋を画いた垂れ幕で出迎えられる。案内は歴史・文化の行事でいつもお世話になっている山下さんです。今日の参加は会員42名、一般参加7名の計49名の盛況。
 まず駅前で概要説明を受け、早速秀長公の墓所に向かう。住宅地をしばらく歩くと住宅のすぐそばに「大納言塚」があった。これは案内していただかないとなかなかわからない。門前には「お願いの砂」があり学問の知将と言われた秀長ゆかり。私も石の箱に3回砂を通して願う。
 続いて「大職冠の楠」へ、大織冠藤原鎌足を祀る談山神社は郡山城の鎮守としてこの楠のある丘稜に遷座したという。樹齢500年、高さ25m、幹回り5.7mと記載があった。 「大織冠鎌足神社」へ、ひっそりとしたところにあった。霊験あらたかな神として広く崇拝されてきた。ここで赤對さんからマメ知識として、阿武山古墳で発見された鎌足の墓、大織冠のことなどの説明をしていただいた。
 郡山の一番高い所である郡山中学校を横手に見て郡山城内に向かい2023年に新しく出来た「郡山城情報館」で昼食をとる。午後は郡山高校前を通り正面の「追手門」に、左に追手向櫓、右に追手東隅櫓がある。入門するとそこは梅が満開素晴らしい。
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 城址会館前へ、奈良県最初の県立図書館だったとのこと趣のある外観である。ここも梅が満開で集合写真を撮る。「柳澤文庫」をへて「極楽橋」「柳澤神社」そして「天守台」へまず石垣の説明を受ける。石垣は野面積みで、自然石の他に石仏や礎石、墓石などの転用材が多くも用いられている。特に逆さ地蔵は有名で皆さん、覗き込むように見ておられた。また隅角部の基礎部付近の礎石は平城京羅城門のものと言われている。
 天守台に上がり遠くを見渡せば、若草山、興福寺、東大寺が、左の方には薬師寺、唐招提寺が確認できた見事な眺望である。
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 次に「春岳院」にむかう、ここは秀長の菩提寺で看板が新しい、ブームを見越して新しくされたか?建物もクラウドファンディングで改修されたとの事。次に秀吉をもてなす茶会に献上した餅菓子の老舗「菊屋」に、いかにも昔を感じる建屋である。多数の皆さんお土産に買われたようだ。この辺りは昔の城下町で「箱本十三町」と言われている。秀長は有力な商工業者集め税金を免除し、自治権や独占権を与え城下町の振興を行った。十三町の一つ柳町は金魚通りと呼ばれておりここのマンホ-ルも金魚が描かれている大和郡山市は金魚の産地で有名。
 「紺屋」に立ち寄る、藍染商の町家を再生した観光施設でこの時期、雛人形も飾られている。「源九郎稲荷神社」は歌舞伎の「義経千本桜」に登場する源九郎狐を祀る神社で境内には歌舞伎役者から寄進された幟も見受けられた。すぐ隣が「洞泉寺」でご本尊は快慶作の阿弥陀三尊立像、境内には郡山城内から移された光明皇后ゆかりの「垢かき湯船」と「垢かき地蔵」があった。
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(写真はクリック/タップで大きく表示されます)
 ここで解散、本日は盛りだくさんの内容で、秀長の活躍の様子、満開の梅も堪能でき、季節の雛人形も各所で見ることもでき楽しい一日でした。案内の山下さんには詳しく教えていただき感謝です、有難うございました。 (文/澤田章夫)

例会 1月14日(水)「高野川と京都御苑で冬鳥を探そう」の報告

 今日は、今年最初の活動、2年ぶりの冬鳥の観察会だ。行程は、京阪出町柳で集合し、鴨川デルタ、高野川周辺、下鴨神社(糺の森)を経て京都御苑までである。どんよりとした天気で、風がつめたく、寒い朝だったためか、会員23名で、若干いつもより少なめの出席人数であった。案内は、岡さん、井上さんだ。お二人とも急遽の案内お願いに快く受けていただいた。
 朝礼後、まずは、「鴨川デルタ」での観察、午前中なので、多くの鳥たちに出会えた。
 カワアイサ カモの仲間、オス、メスともに首から胸にかけて真っ白だが、オスは、頭部が黒から濃い緑色、メスは褐色。オス、メスともに餌を求め、水面から頭を出したり潜ったりしていた。
 カワウ 1羽が動かずじっとしていた。スコープで覗くと、目がとってもきれい。
 ヒドリガモ 潜って魚を捕るタイプではなく、陸に上がって草などを食べるタイプらしい。くちばしが灰色で先が黒い。ピューピューとかわいい声で鳴いていた。
 アオサギ 大きくて怖いイメージ
 コサギ 真っ白できれい。くちばしが一年中黒い。足は、指が黄色で他は黒い。
 マガモ オスは、頭が黒く、光の当たり具合によって緑色や青紫色に見えてきれい。くちばしは黄色で、足は赤橙色をしている。アヒルの原種である。メスは地味な茶色、だいたいオスと一緒にいる場合が多いので、オスを見ると種類がわかるらしい。メスが地味な色をしているのは、単独で子育て行うのが一般的なので、敵に狙われないように目立たないようにしているそうだ。(おしゃれより子孫繁栄優先である。)カモの多くは、秋にシベリア等の北から日本に来て冬を越しながら結婚相手を見つけて、春にまた、北の方に戻る。
 カワセミ 1羽いました。大人気のカワセミ、皆さんのテンションが上がる。くちばしの下がオレンジ色なので、メスのようだ。「飛ぶ宝石」と言われるように、やっぱり美しい。
 ユリカモメ 私は、以前、冬の鴨川の鳥といったら、ユリカモメしか頭に浮かばなかったのだが、最近は、少なくなった?(わたしだけ?)
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 「高野川右岸」を北の方向へ。高野川中央の大きな中洲には、アカメガシワ、ヤナギ、シナサワグルミ等、川沿いには、アキニレ、センダン等の木々があり、木の実が鳥たちの餌になっているようだ。空には、トビが優雅に飛んでいた。トンビとも言う。タカの仲間であるが、飛んでいるとき、尾を開くと、中央が凹んだ「バチ型」なっており、他のタカの尾は凹んでなく「扇型」である。
 陸では、お腹のところが黄色のキセキレイ、頭から背と胸が黒いセグロセキレイがちょこちょこと歩いており、かわいい。お顔の白いハクセキレイもいた。
 高野川では、
 キンクロハジロ カモの仲間、黒いからだで、金色の目がとってもきれい。潜って餌をとっていた。
 ホシハジロ メス1羽がプカプカと浮かんでいた。スコープで覗くと羽の一枚一枚がわかり、とてもきれいな羽だ。他にコガモのペアや、カルガモイソシギダイサギムクドリがいた。

 御蔭橋の手前で高野川右岸から離れて「下鴨神社(糺の森)」の方面へ。途中、民家付近の高い木にツグミアトリイカルを発見、私たち以外の歩いている人の邪魔になるのも顧みずに大興奮。イカルは、顔が黒く、黄色い分厚いくちばしが目立つ。アトリは、胸の橙色がきれい。ツグミは、地味で目立ちにくい。これら3羽に出会えてラッキーだった。
 下鴨神社付近は、まだ1月中旬なので、お参りする人も多く、鳥たちは、高い木の上で鳴いているが、姿を確認するのは困難だった。糺の森は、下鴨神社の境内にあり、国の史跡で、世界遺産の一部でもある原生林、樹齢200~600年の大木が茂り、平安遷都以前の植生が残る貴重な森である。近くには、鴨川、高野川があり、北から渡ってくる多くの冬鳥たちには貴重な森である。渡ってきたと思われるヒヨドリ集団が賑やかだ。今日は、神社の方にお参りは行かず、トイレ休憩。小雨も降ってきて肌寒い。ここで、岡さんは、所要のため抜けられた。お忙しい中ありがとうございました。
 残りの私たちは、京都御苑に向かう。京都御苑の石薬師御門に到着。この周辺で昼食。昼食後、バードバスに行き、再び観察開始。
 バードバスには、シジュウカラヤマガラアオジツグミビンズイアトリシロハラシメジョウビタキヒヨドリキジバトが、入れ替わり水を飲み、水浴びをしていた。ずーっと見ていても飽きない。ここでは、多くの鳥に出会えた。
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(写真はクリックで大きく表示されます)
 次は、御苑内の九条池の方に向かった。先ほど降っていた小雨も止み、少し日も差してきた。九条池では、アオサギが1羽だけ池のほとりに佇んでいた。高い木々の上では、鳥たちの声はしていたが、姿は確認できなかった。
 この後、鳥合わせをして解散となった。観察できた鳥は35種類(他にハシブトガラスハシボソガラス、スズメ)であった。思っていた以上の数であったので大満足。美しい鳥たちに出会った年初めにはいい観察会になった。鳥たちのように私たちも今年も元気に羽ばたきましょう。
 案内していただいた岡さん、井上さん、ありがとうございました。また重いスコープも持ってきていただき、ありがとうございました。スコープで見た鳥のきれいな1枚1枚の羽根の美しさは忘れられない貴重な体験になりました。 (文/A.N.)

例会 12/16(火) 「一休寺と甘南備山のタマミズキを見る」の報告

 天気は快晴。参加者は会員34名と一般参加1名の計35名。JR京田辺駅に10時に集合し、案内役は大川内さんと三輪さん。コースの説明を受けた後に出発し、まず棚倉孫(たなくらひこ)神社を目指します。住宅地を通って10分で到着。境内には大きなクロガネモチの古木があり、赤い実をたくさん付けていました。この神社は平安中期以前には存在していたとのことです。神に五穀豊穣を祈願し、2年に一度氏子地域を巡行するという有名な瑞饋神輿(ずいきみこし)を見学。26種類の野菜や穀物が飾られた華やかな神輿です。ちなみに瑞饋とはサトイモの葉柄のこと。                                  
 参拝を終えた後、一休寺に向かいますが、途中、甘南備寺に立ち寄りました。奈良時代に行基が創建したと伝わります。坂を下ってとんちロードを10分ほど歩くと一休寺に到着。
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 一休寺の正式な名前は酬恩庵(しゅうおんあん)といい、とんちで知られる一休禅師が63歳の時に復興させた寺。室町時代を生きた臨済宗大徳寺派の禅僧の一休さんは1481年88歳で亡くなられ、遺骨がこの地に葬られました。
 一休寺の方丈(住職が接客や仏事を行う建物)では床に座ってテープで寺の案内を聞きました。境内にはよく手入れされた趣の異なる南庭、北庭、東庭がありますが、南庭からは垣根越しに一休さんが住んだ家の建物を見ることができました。方丈中央の内陣を昭堂と称し、一休禅師の木像が安置されています。外へ出て本堂、宝蔵、開山堂を巡るコースを散策しました。少年時代の一休像や「はし渡るべからず」の橋などがあり、見どころの多い寺でした。
 一休寺をあとにして薪(たきぎ)神社へ。境内にはもともと甘南備山頂にあり、月読神が仮の姿で現れたと伝わる石が祀られています。また、『能楽発祥の碑』の石碑があります。
 薪神社を出て川沿いの道を歩き、橋を渡り「甘南備山登山口900m」の標識にしたがって歩くと甘南備山が見えてきました。なだらかな山容です。甘南備山は神南備神社のある雄山(標高221m)と、三角点のある雌山(標高201m)の2つに分かれています。「神南備」「神無火」などともいわれ、「神が鎮座する山」、「神の降臨する山」として信仰されていたそうです。広々とした野原を貫く道の両側には野菜畑や所々に柿や柑橘の木が植えられていてのどかな風景です。しばらく歩いて甘南備山登山口から舗装された管理道に入ります。ここからはゆるい上り坂で5分ほど歩くと芝生広場に到着し、ここで昼食タイム。
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 昼食後、再び管理道を5分ほど登ったあたりから道路わきの高木の上部に鈴なりになったタマミズキ(玉水木)の赤い実が見え始めました。青空に映えて赤色が鮮やかです。甘南備山にはタマミズキが自生している事で有名です。その名前はミズキに似ていて実が美しいことに由来するそうですが、生長が早い木なので、花や実が高い所にしか見られないことが多いとのこと。花期は6月頃です。
 道路わきに生えているタカノツメの黄葉も印象的でした。管理道から外れてうっそうとした林の中の道を登りきった所を右折し、さらに少し登ると神南備神社に到着。鳥居の奥にこじんまりした本殿が鎮座しています。お参りをした後、来た道を戻り、さらにまっすぐ進むと展望台です。天気が良かったので、遠くに比叡山のほか京都盆地が一望できました。
 眺望を楽しんだ後はいよいよ下山です。開放的な地道のハイキング道を下り、扇池では赤い実を付けたウメモドキが目を慰めてくれました。野菜畑や収穫を終えた棚田などの里山風景の中の道をひたすら下り、14時半ごろ尊延寺に到着。ここで終礼をした後、バスで各自帰路につきました。
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 今回のコースは初めて歩きましたが、歴史と自然が豊かで心が洗われました。(文/讃良)