京とおうみ自然文化クラブ

「京(みやこ)とおうみ自然文化クラブ」は、認定NPO法人シニア自然大学校の京都府・滋賀県の地方組織です。 旧ブログは左下リンク集より閲覧できます。

行事報告

「第23回総会と西本願寺から京都タワー散策」の報告

第23回総会報告
 当クラブの新年度(令和8年・2026年度)の総会が「ひと・まち交流館」3階第5会議室で10時30分から行われました。
 総会開始までの時間で井上さん(広報)が作成されたスライドショーで昨年度の活動を紹介しました。昨年度の活動が思い出されました。
 総会は、木全さんの司会で始まり、まず澤田会長の挨拶がありました。今年度は21人が入会され、退会者は14名だったので会員数は168人になったとの報告がありました。
 次に事務局の岸本さんから、出席者は会員56名で委任状の85名を合わせると過半数を超えていますので総会は成立していますとの報告がありました。
 議長に澤田勉さんを選出し議事が進められました。
 三輪(事務局)から令和7年度の活動報告がありました。年間の33件の行事に延べ1103名の参加、1行事当たりの参加者は平均33名でした。
 続けて、志津南小の教職OBの岡本さんから、「ゴンズイ」を材料に小学生に興味を持たせる方法についてわかりやすく話をしていただきました。そしてサポーターとして児童たちがどんなことをやっているかを見に来てほしいとの依頼がありました。また昨年11月に実施した「りょうぶの道」観察会に参加した小学校4年生が「森林の輪フェスタ」を開いて考えた遊びで2年生や地域の人に森林についての興味を思ってもらうような活動をしたとのことでした。
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 次いで会計・中林さんから会計報告、監事・海老原さんの監査報告があり、先の活動報告と合わせて承認されました。
 次に提案事項に入り、澤田会長から今年度の役員体制案の提案があり承認されましたので18名の新役員紹介のあと活動方針が述べられました。続いて、事務局三輪から今年度の行事計画案の提案、つづいて赤對さんから今年度から行う「鵜殿葦原のオオブタクサ抜き」の話とさらなる参加者の募集を、中林さんからは予算案が示されました。出席者からの質問や意見はなく承認されました。その後、岸本さんから「山科植物資料館と勧修寺を巡る」の参加状況と方針、永井副会長から屋外行事における注意事項の話があり、総会は滞りなく11時30分頃に終了しました。
 その後、出席されていた新入会員11名からひと言挨拶をいただきました。

西本願寺から京都タワー散策
 昼食のあとの西本願寺から京都タワーへの散策には34名の参加がありました。
 12時30分に3班に分かれて交流館を出て、東本願寺の北の六条通を西に歩いて西本願寺に行きました。最初に西本願寺の北東角にある太鼓楼を見て、阿弥陀堂門から西本願寺に入りました。13日~15日まで行われている立教開宗記念法要で「飛雲閣」と「経蔵」が無料開放されていました。そこで、まず国宝「飛雲閣」とその庭園の国指定名勝「滴翠園」をゆっくり見学し、続いて国宝「唐門」を見学しました。さらに時間があったので重要文化財の「経蔵」も見学しました。こんな日に来られたのは本当によかったと皆さんは喜んでおられました。
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 13時45分からの「お西さんを知る」ツアーに参加しました。阿弥陀堂御影堂の説明を聞いた後で阿弥陀堂に入りましたが天井が高く涼しく感じました。ここに祀られている阿弥陀仏像は前から見ると立っているだけに見えるが横からみると少し片足を出して立っておられ、いつでも人々を助けに行けるようにされている。これが浄土真宗の教えとのことでした。
 次に阿弥陀堂の廊下に出て下を見るようにと言われたので見ると壊れたところを瓢箪などの形に直されている「埋め木」がありましたが、これまで気がつきませんでした。いつも自分の足元を見ることの大切さや「ありがとう(有り難い)」の反対は「当たり前」ですが失ってはじめてわかる有り難さ、「かけた情は水に流せ 受けた恩は石に刻め」の説明をされ、人は自分の都合の良いように考えるので常に気をつけるようにすることの大切さの教えを話されて終わりました。
 そのあと28名で本願寺伝道院を見て京都タワーに向かい、展望台に上って解散しました。解散後京都市内を131mの高さから楽しみました。
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 総会の準備・運営していただいた幹事の皆さん、さらに午後の散策を案内していただいた澤田会長、岸本さんありがとうございました。             (文/三輪)

例会 4月6日(月)「洛西・タケノコの里を歩く」の報告

 晴れ渡ったさわやかな朝、阪急東向日駅に会員29名と一般参加1名、計30名が10時に集合し、担当幹事の讃良さんと澤田勉さんのあいさつでスタートしました。
 まず駅の北西方向にある物集女(もずめ)車塚古墳を訪れました。ここは乙訓(おとくに)古墳群の一つであるとされる古墳時代後期の比較的小さな前方後円墳で、淳和天皇の棺を運ぶ車を埋めた塚という言い伝えから「車塚」と呼ばれているそうです。
 その後、ゆるやかな坂道を進んで「竹の径(たけのみち)」に入りました。よく整備された竹林が両側に広がり、歩きやすい上り坂が続きます。「竹の径」には「竹穂垣」や「物集女垣」などの竹垣が美しく並び、サラサラと竹の擦れる音が涼しさを感じさせてくれます。ウグイスの透き通る声も聴こえ、風情たっぷりの道のりでした。
 途中、タケノコ掘りの様子を偶然見学することができ、専用の鍬を使って手際よく掘り出す姿に、皆さん思わず拍手を送っていました。坂を登り切ったところに洛西竹林公園があり、竹の径を背景に記念撮影を行いました。
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 竹の資料館では、エジソンが京都・八幡のマダケを使って作った電球の復元模型や、竹の伝統工芸品など多くの資料が展示されており、興味深く見学しました。屋外の生態園には、節が亀甲状に連なる特異な形状のキッコウチクや、黄金色に輝くキンメイモウソウなど、約110種の竹や笹がわかりやすく展示されています。また園内では、応仁の乱にまつわる百々橋(どどばし)や、旧二条城の石垣に使われた石仏群も見ることができました。皆さんからは「ここは空いているし、さわやかで本当に穴場だ」と大満足の声が上がっていました。
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 午後からは竹林公園内の子どもの広場で、さわやかな風と舞い散る桜を楽しみながら昼食をとりました。その後も竹の径の緩やかな坂道を下り、途中で寺戸大塚古墳(古墳時代前期・全長98mの前方後円墳)を通り過ぎました。竹の径を抜けた後は桓武天皇皇后陵に立ち寄り、さらに住宅地を進んで五塚原(いつかはら)古墳(古墳時代初期・全長91mの前方後円墳)近くの池の畔で小休止しました。
 その後、向日市文化資料館へ向かいましたが休館日のため見学はできず、先に進んで地元で有名なスーパーマーケット「神崎屋」に立ち寄りました。この時期はタケノコ堀りの最盛期で、高価なものから手頃なものまで多くのタケノコが並んでいます。全国的にも知られる長岡京のタケノコということで、ご家族へのお土産に購入される方もおられました。
 ここからは向日神社の桜を見に行く方と別れ、長岡京の大極殿跡がある公園で14時前に解散となりました。解散後も残ったメンバーで長岡京の朝堂院跡(現在の国会議事堂に相当する役割を果たした施設)に立ち寄り、ボランティアの方の解説を聞いた後、近くの阪急西向日駅から帰路につきました。
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 今回の例会は天候にも恵まれ、さわやかな竹林の風を満喫しながら竹について興味深く学ぶことができ、古墳群や長岡京の歴史遺跡をゆったりと散策して、心地よい疲れとともに帰途につきました。(文/岸本)
 

研修会 3月30日(月)「季節の植物観察・春の訪れを告げる花たち」の報告

 参加者:32名(会員23名・一般9名)、天候:晴、気温:24℃
 案内役:齊藤ちづみさん・岡かおるさん。時間:10:00~12:30
 朝から温度が上がって春から一気に初夏になったようになり、参加者の皆さんも上着を脱いで衣服調整をされていました。朝の挨拶後、2つのグループに分かれてスタート。私は岡さんのグループに入りました。
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先日まですぼんでいたのに、気温が高くなったのでチューリップも色とりどりに形よく開きました。花は暖かくなった陽気の中で、あっという間に咲いては、さっと散ってしまいますが、開閉を繰り返している間は生長を止めないそうです。
「地面に咲いている野草を見てみましょう!」と、飛び石を渡って観察開始。ホトケノザは花の形をよく見ると、小さなハート型におしゃれな模様が付いています。茎は四角。「この赤い蕾は何?」。これは閉鎖花と言って、繁殖のために蕾のまま結実するそうで、昆虫がいないなど条件が厳しくても自家受粉によって種子を作るという、すごい戦略を持っているという説明を聞きました。
普通によく見るタンポポも花と見えるのは花の集まりで、頭花と呼ばれる花の集まりは200程もあるという話に驚きました。花の付け根の部分をよく見ると総苞片がくるりと反り返っているのはセイヨウタンポポで、明治の初めのころに日本にやって来て、次第に各地に見られるようになったようです。爆発的に増えたのは、まず乾燥に強い、雨でも咲く、開花結実期間が長い、受粉をしなくても種子ができる単為生殖の仕組みがあるからです。しかし、在来のカンサイタンポポも、京都植物園などしっかり場所を確保している所は今も健在で咲いているのを見かけます。お互いに棲み分けして生きて行って欲しいですね。
その他ノジスミレコハコベカラスノエンドウオオイヌノフグリなども小さな花を咲かせていました。
いろいろなチョウが花に誘われて飛び始めたようです。ルリタテハは、黒地に鮮やかな瑠璃色の帯が美しいチョウ。テングチョウは羽を閉じると枯葉色。ウラジロシジミの雄と雌の色の違いなども教えてもらいました。
メタセコイアのきれいな三角の樹形やぶら下がっている雄花を説明されている時に、2羽のカラスがタカを追い回しているのを目撃。縄張り争いでもしているのでしょうか。カラスは賢くて、カマキリの体にハリガネムシが入っているのを知っていて、捉えたカマキリを水の中に漬けてハリガネムシが出てから食べ、その後そのハリガネムシも食べたのを見たそうです。なんとも言えないようなおぞましさです。
ヤブツバキの花びらについた黒い爪痕を見ました。これはメジロが止まったあとで、花の底の蜜を吸いに来ます。この花びらに鳥の訪花を誘う仕組みがあって、「密を吸いに来た鳥の体重を支えられるように作られていますよ!」と言われたので触ると、確かに花びらは硬くて丈夫でした。
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シキミの花が咲いて、お線香のような良い香りがしています。実は猛毒だけれど、ヤマガラは食べるという話は何度聞いても大丈夫なの?と首をかしげたくなります。そこから目を向けると遠くからでも目立つくらい赤いベールを被ったような木が見えます。ハナノキです。葉が芽吹く前に赤い花が咲くことが由来で、長野県、岐阜県及び愛知県の一部地域にのみ自生する日本固有のカエデと言う事です。京都植物園のお宝ともいえる木は、この木とアジサイ園にある「フウ」と言われましたが、確かにどちらもヘリテージツリーにふさわしい風格です。
アオキの果実に着いたビークマークの話も面白く、生き物がとても身近に感じられます。
ヒュウガミズキトサミズキの葯の色の違いを見て、生態園に入って満開のゴモジュに来ました。葉や花からゴマの香りがします。
ヒカゲツツジは別名が「サワテラシ」と言われる日本固有のツツジ。数あるツツジ類の中でも唯一黄色い花を咲かせます。上側裂片に緑色の斑点があるのが蜜標です。雄しべから花粉を出しています。先端にある葯の先に穴が開いており、花粉が糸を引きながらへばりついてくるのは、来訪する昆虫の体に付着しやすいための工夫なのだそう。
歩いていてもバイモキバナイカリソウなど、この何日かで一気に咲き出した花で大賑わいです。大きさは7~8cm位の可愛いトガリアミガサタケも見つけました。「出会えたね!」って、声を掛けました。
ショウジョウバカマモミジチャルメルソウも咲き始めですね。今年は少し遅めです。
目を惹くような鮮やかな赤のユキツバキが咲いています。特徴ですが、日本原産の椿には一般的に「やぶ椿」と「雪椿」の2種があります。その違いは雪の重みで押しつぶされても折れないしなやかな枝を持ち、地面を這うように広がる樹形もそうですが、花糸(おしべの軸)が黄色く、根元が合着せず1本ずつバラバラに分かれているところです。先ほどのヤブツバキを拾って持ってきたので比べてみます。ヤブツバキは花糸が白く、根元がくっついていました。
ラストスパートで、なからぎ神社まで来ました。アラカシに泡? 正体は「チュウゴクアミガサハゴロモ」。枝にしっかり着いている白い綿のようなものは、卵の上に被さるロウ物質で、この白い綿状のものを取り除いても卵は残るそうです。
最後はチョウジザクラです。日本に自生する貴重なサクラの原種(野生種)の一つです。 
花を横から見た形が丁字に似ているために名前が付けられました。花は下向きで,花弁もソメイヨシノなどに比べると小さく,開花していてもあまり目立たないので人気が無いのでしょうか?華やかさがないので余り見向きされない様子ですが、私は一番好きなサクラです。
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(写真はクリック/タップで大きく表示されます)
 ブログでは岡さんのお話を全部紹介できませんが、普段あまり考えない植物と昆虫や鳥の関係を交えた話に繋がりを強く感じました。午後からは京都植物園でサクラガイドもされている高橋弥生さんとご一緒に桜の話を聞きながら回りました。(文/大)

例会 3月24日(火)「京都御苑の歴史と巨木・珍木巡り」

 地下鉄丸太町駅に10時集合。参加者は会員26名一般5名で合計31名。10時10分、間之町口(京都御苑入口)にて、澤田勉さんより本日の例会について説明がありました。その後、班分けを行い、各班は約10名で編成。
    1班(説明・誘導:澤田勉・大河内)
    2班(説明・誘導:新堀・高橋・木全)
    3班(説明・誘導:澤田章夫・海老原・中林) ※敬称略
 当日は予報どおりの快晴で、3月としては暖かく、モクレン・ウメ・モモ・サクラなど多くの花が咲き、爽やかな一日となりました。
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午前の見学
 午前中は閑院宮邸跡にて説明とシアター鑑賞を行い、その後、九条邸跡・宗像神社を見学しました。
閑院宮邸跡(シアター等)
 京都御苑は1200年以上の歴史が積み重なった場所です。平安時代(794年〜)の遷都以降、貴族の邸宅や行政の中心地として栄えました。しかし鎌倉〜室町時代にかけて公家の力が弱まり、屋敷は減少。さらに応仁の乱(1467年〜)により京都市街は壊滅的な被害を受け、空き地や農地が増加しました。
 江戸時代(1603年〜)には朝廷保護のため整備が進み、明治時代になると天皇が東京へ移り、公家も移住したことで再び空地が増えました。その後、政府により保存・整備が行われ、現在の庭園や屋敷跡として整えられました。なお、閑院宮家は孝明天皇・明治天皇、そして現在の今上天皇へと続く血筋と深い関係があります。
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② 巨木
・イチョウ
 九条池のイチョウは幹周588cmで、京都御苑内最大とのこと。春のこの時期は長枝がまっすぐ伸び、短枝がコブ状につくのが特徴的でした。
・クスノキ
 宗像神社のクスノキは樹齢400年以上とされ、非常に雄大な姿が印象的でした。
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③ 名木・珍木
オガタマノキ+エノキの合体木
 落葉樹(エノキ)と常緑樹(オガタマノキ)が一体化し、まるで1本の大木のように見える非常に珍しい木です。
清水谷家のムクノキ
 樹齢300年、高さ約20m。禁門の変の戦火もくぐり抜けた歴史ある木です。
桜松
 クロマツの上にヤマザクラが生育した珍しい例。マツは1996年に枯れましたが、ヤマザクラは幹の空洞を通って地面まで根を伸ばし、現在も毎年花を咲かせています。
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④ その他(花の観察)
 ウメ・モモ・サクラが同時に楽しめるエリアがあり、この時期ならではの景観でした。それぞれの違いも観察できました。
・ウメ
 花びらは丸く、一節に一つ咲く。花柄がない。見頃:1月下旬〜4月上旬(関西)
・モモ
 花びらの先がやや尖り、一節に二つ咲く。見頃:3月中旬〜4月下旬(関西)
・サクラ
 花びらの先に切れ込みがあり、花柄が長く花数が多い。見頃:3月末〜4月上旬(関西)

 また、近衛邸跡のしだれ桜は特に美しく、時間をとって鑑賞しました。
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おわりに
 本観察会にあたり、ご説明・ご案内いただいた澤田勉さん、大川内さん、新堀さん、高橋さん、木全さん、澤田章夫さん、海老原さん、中林さんには、準備から当日の進行まで大変お世話になり、心より感謝申し上げます。 (文/永井)

例会 2月27日(金)「城南宮周辺と京セラ資料館見学」の報告

 梅のつぼみも開き、洛南の地も春めいてきました。2月最終週の27日、洛南の院政文化の史跡と現代のものづくり最先端をいく企業の京セラ資料館を見学しました。心配された天候は曇天、やや寒いが歩くには良いぐあい。参加者は31名。「日本史で院政って習ったが、ややこしかったな」とか、「何とか上皇とか法皇とか、親子兄弟で仲たがいして戦争になったり、とても名前は覚えられへんかったな」とか、最初に訪れた近衛天皇安楽寿院南陵あたりで二重の多宝塔を見ながらの皆さんの会話でした。
 洛南鳥羽の地は、天皇を退いてのち、政治権力と経済力を握って院政をおこなった上皇たちの活動した舞台でした。近衛天皇陵も、鳥羽天皇陵、白河天皇陵も、この地にあるが縮小しており、またゆかりの寺社も多かったが戦乱で焼亡して、往時の姿は想像しにくい。この近辺は現在ほぼ民家に囲まれた住宅地で、イメージするのがとても難しい。
 前半の平安末期の院政時代の史跡や、明治維新の引き金となった鳥羽伏見の開戦地だったことは、北向山不動院(鳥羽上皇の勅願所)の住職さんが40分ほどきわめて懇切な説明をしてくださった。お願いしてあったので平日ながら本堂をあけていただき、会員一同ゆったりと説明を聞くことが出来た。通常本堂の開扉は土曜日のみとあった。パネルを何枚も使いながら平安京と鳥羽の地の位置関係と、地形上の鳥羽の津、湊としての重要性、上皇たちのエピソード。また、戊辰戦争での薩摩軍の本陣や、開戦のさいの鳥羽村の村民の協力、その際の不動院の役割など、多岐にわたってのお話だったが、わかりやすい説明であった。
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 昼食をとった鳥羽離宮跡公園は、いまは住宅や工場に囲まれた運動場のようで目で追える程度だが、当時の規模は想像できない程の広さであった。もう少し、この離宮公園が日本歴史上の重要地だったことを公園内のどこかに説明して掲示すべきではないか、と思った。

 後半の京セラフインセラミックス館へは、離宮公園から徒歩10分ほどで着いた。まず、稲盛ライブラリーで、京セラ創業者の稲盛和夫氏の紹介ビデオを見せていただく。続いて、同館3階に復元されているオフスを実見して、外に出て本社ビル1階から2階へとまわっていった。本社ビル1階は京セラギャラリーでは、ピカソの晩年1968年のデッサンや版画、乾隆帝期の清時代の陶器他の展示品などが、2階は京セラフインセラミック館で、京セラがこれまでに開発して作り上げてきて製品化してきたフインセラミックの数々が展示してあった。日常の家庭台所用品から、電化製品の部品、携帯電話や自動車の部品、航空機や宇宙船の部品に至るまで、セラミック製品が汎用的に使われており、そのための開発が日々行われていることに気づかされた。
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(写真はクリック/タップで大きく表示されます)
 京セラという企業の資料館の見学から、あらためて現代社会において製品開発の研さんと努力に真剣に取りくまれている姿を見ることが出来た。1時間30分の時間内で要領よく、会社全体を案内していただいたことに感謝したい。   (文/木全清博)