京阪宇治駅に10時集合。今日も暑くなりそうである。本日の参加者は会員45名と一般参加1名の計46名と大盛況となった。案内は木全さん、中林さんに御願いする。
 まずは「宇治橋」に向かう。今日は川の流れが速く、近くのモニタ-を見ると天ケ瀬ダムから放流していてその量は244m3/Sと表示されていた。宇治の地名や橋の由来について説明を受ける、橋を架けたのは「道登(どうと)」という僧で、地元の人が苦労しているのを見て架橋に取り組んだと伝えられる。
 ここで万葉集の紹介があり、宇治を詠んだ歌は18種、宇治川を詠んだ歌は16種あるとのこと。「もののふの 八十宇治川の 網代木に いさよふ波の 行へ知らずも」は柿本人麻呂の歌で寄せては離れる波がどこへ流れていくかわからないように、自分の行く末もわからないものだ。宇治川の情景と行く先の見えない不安を重ねた歌と説明された。  
 右岸をしばらく歩いて「法生院常光寺」に宇治橋の守り寺とされ、道登の功績を讃えた碑文が江戸時代に発見された「宇治橋断碑」が保存されていて日本最古の石刻文字として著名。
 「宇治神社」に向かう。檜皮葺の本殿は三間社流造。応神天皇の息子である「兎道稚郎子(うじのわきいらつこ)」の元住居で父応神から天皇即位を懇請も兄仁徳に天皇即位を懇願しここで自死する。
 「宇治上神社(うじがみじんじゃ)」へ世界文化遺産で拝殿本殿は国宝。本殿は一間社流造の社殿が3棟あり平安中期創建で日本最古の神社建築。中央に応神天皇、向かって左に仁徳天皇、向かって右に兎道稚郎子を祀る。
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 右岸を歩いて「興聖寺」へ、曹洞宗開祖の道元が開いた根本道場である。境内に至る道は「琴坂」と呼び、心地よい水音が聞けた。法堂の天井に「血天井」の跡が確認できた。
 さらに吊り橋を目指して歩く。道中、参加者から「子供の頃、このあたりには列車が走っていた」との話があり、調べると、大峰ダム建設(1920年、現在は水没)の際に資材運搬用のトロッコ線が運行していた。ダム完成後は遊覧鉄道として京阪電車が1950年~1960年まで「おとぎ電車」として運行、列車は人気を集め行楽シ-ズンでは電車を待つ列ができるほどであったらしい。その後、南山城水害、台風で運行停止。その後再開も防災面で新たな多目的ダムの天ケ瀬ダム(1964年)が完成し水底に消える。
 「現れの滝」は雨の時は現れるらしいが、今日はかすかに流れている程度であった。
 「天ケ瀬(吊り)橋」を渡る、1942年完成で2020年にリニューアルされている。ここからの上流、下流の景色はなかなかのもの。
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 ここからは左岸を歩く。「蛍塚」、「宿木の古碑」、「花やしき浮舟園」などの説明を受け中の島へ木陰を探してここで昼食。午後からは「宇治川先陣争之碑」から。
 ここで平等院に行かれる方と別れて京阪宇治駅近くの「宇治川太閤堤跡」へ豊臣秀吉が伏見城を築城、同時に宇治川護岸工事を進めた跡が再現されている。
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 本日はこれで終了。暑さは我慢できる程度で、盛りだくさんの内容を興味深い歴史の話とともに楽しむことが出来ました。木全さん、中林さんには準備も含め大変お世話になり有難うございました。    (文/澤田章夫)