京とおうみ自然文化クラブでは、初めての神戸歩き。当日の参加者46名、うち一般参加者は4名。やや曇り空だが、気持ち良い6月の街歩きとなった。神戸というと三宮周辺の市街地や港めぐり六甲山方面が定番だが、今回は古代、中世、近世、近代の神戸の史跡をぶらつく。神戸の歴史のメインは「湊」で、大和田の泊、兵庫津、神戸港のゆかりの地をめぐった。松浦さんの軽妙な語り口で神戸の街歩きが楽しめた。

 ➀JR神戸駅の正面。明治初期の鉄道史を飾る話から、明治5年の新橋―横浜間の開通に続く、明治7年の大阪―神戸間の起点駅。大阪―京都間と続き、京都―名古屋間の東海道線の開通は明治22年。神戸駅は東海道線と山陽本線の分岐駅で、分岐標識がホームにもあるらしい。駅高架下のコンビニには貴賓室も保存。続いて②湊川神社、かの有名な楠木正成を祀る神社で、明治維新後に忠臣楠木正成を明治5年に顕彰するため創建。正成はすぐ近くの湊川合戦で敗死(湊川は今は埋め立てられ新開地通り)。
 次の史跡は③江戸時代の西国街道碑。西国街道は京都東寺からで、終点は下関、大宰府とか諸説あり。あとで⑧札場の辻跡に行くが、西国街道の大きく曲がる場所に「札の辻」があり、幕府の高札が掲げられた所。④西出町の鎮守稲荷神社は小さな神社だったが、平経俊の墓(弟敦盛は平家物語で笛の名手で熊谷直実に討たれた)、また北前船で財をなした豪商高田屋嘉兵衛の寄贈の石灯篭、昭和15年頃につくられたビリケンさんの像などがあり。奥の社殿内部を覗きにいくと、中にふくよかな顔の像があった。

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 少し歩いて⑤七宮神社へ。生田神社の八社巡りの一つで兵庫津の産土神で、平清盛が社殿造営とのこと。福原遷都の際に守護神として尊崇され、以後平家一族の崇拝を集めたといわれる。境内にサンゴジュの白い花が咲き誇っていた。このあたりから平清盛関連の史跡が多くなる。⑥来迎寺(築島寺)は、清盛の経が島を築く時、人柱になった讃岐の少年松王丸を弔うため建てた寺。またこの寺には清盛の寵姫妓王、妓女姉妹の石碑あり。境内を出てすぐに⑦古代大和田泊の石椋(いわくら)があり、当日は小学生の社会見学らしく、多数の小学生がガイドさんの話に耳を傾けていた。清盛の福原遷都の理由となった日宋貿易の拠点がこの地であって、後に「兵庫津」となっていく。清盛は、風待ちのための港湾整備のため経が島の造成を行った。清盛の遷都はわずか半年、新政治の夢は64歳の死でついえた。⑨能福寺境内には、平清盛の立派な墓が「平相国廟所」として祀られていた。ここには、11メートルの兵庫大仏1991年再建、大日如来像)が目を引いた。ここで全員の写真撮影をする。また大正天皇妃貞明皇后の実家九条家より下賜された拝殿もあり。能福寺は、伝教大師最澄が遣唐使から帰国して最初に説教した地。
 昼食は、⑩兵庫城跡の石碑を見た後、運河沿いにある元中央卸売市場で現イオンあたり。午後は⑪兵庫の津ミュージアムの見学と復元されて真新しい建物「初代兵庫県庁」の建物を見る。江戸時代の兵庫勤番所が、明治初年に兵庫県庁舎で使われていたとのこと。
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 最後は地下鉄で新長田駅まで移動、⑫鉄人28号モニュメントを見る。1995年1月の阪神淡路大震災の被害の大きかった新長田の公園の15メートルの巨大な像だった。横山光輝「鉄人28号」は、70歳代の人間にとって馴染み深い愛読マンガだった。   (文/木全)