この季節からすると暖かい一日、何度も訪れた京都御苑を中心とした歴史散策、参加者は20名、案内役は何時もの歴史大好き山下さん。コースは、九条邸跡をスタートに御苑内の神社や歴史舞台となった邸宅跡と御苑周辺のお寺・古社を散策する。ちょうど昨年の今頃(12/6)にも同地を訪れているが、閑院宮邸跡の床モミジや足元が落ち葉で黄色くなったイチョウの前での記念写真と秋を満喫したことを思い出します。
先ずは、丸太町通りに面した間之町口を入った所で朝の集会、丸太町通りは昔は春日小路と呼ばれていたが、西堀川界隈に丸太の材木屋が多かったことから江戸時代には今の丸太町通りとなったとの説明を受ける。
看板前での概要説明では、京都御苑一帯は、平安時代には貴族などの邸宅が置かれ、江戸時代には、およそ200軒の公家邸が立ち並んでいました。また、幕末・維新の戦乱の舞台でもある。現在公園となっている部分は、明治時代まで宮家や公家の邸宅が立ち並ぶ町でしたが、その後、都が東京に移ったことにより邸宅は無くなりこの辺り一帯は、一時期荒廃し、この状態を嘆いた天皇や岩倉具視などにより御所保存・景観維持が建議され公家屋敷の空家撤去、跡地の整備が開始された。
1947年に皇居外苑,新宿御苑,京都御苑の3つの公園が厚生省のもと国民公園として発足、1971年環境省が創設されて以降環境省が管轄を引継ぎ敷地内の自然保護の力を入れられるようになった。

昨年、クスノキの巨木の幹周りを実測した宗像神社を経由して、巨木・珍木巡りでは足を運ばなかった、胎範碑(幕末期政変で中心人物であった中川宮朝彦親王の碑)、白雲神社(西園寺家の旧鎮守社, 立命館学園発祥之地), 西園寺邸跡(琵琶の宗家),枇杷殿跡へ。
その後、禁門の変で有名な蛤御門にて幕末の傷跡を観る。京都御所の西面を通り五摂家の一つ近衛邸跡、明治天皇誕生の地中山邸跡、京都御所の鬼門(東北角)に鬼門除けとしておかれている木彫りの猿(猿ヶ辻)の説明を聞きながら先へ進む。御所建春門の前を通り、橋本家跡(皇女和宮の生家),学習院跡,土御門第跡の説明後は、清和院御門を出て京都御苑の東側へ梨木神社、そして紫式部の邸跡として有名な蘆山寺は、938年元三大師良源が開基された天台圓浄宗大本山である。ここでは紅葉の美しさに目を奪われ皆で記念写真を!

廬山寺の北にある清浄華院は、浄土宗大本山の一つであり860年清和天皇の勅願により慈覚大師円仁が創建した禁裏内道場に始まり法然上人が浄土宗寺院に改めたとされています。さらに北にある本禅寺は、法華宗の本山で光了山と号す。本禅寺の本堂は、火災防止のため檜表面は漆喰壁で白く塗られていた。
御苑の北側には、京の都の鬼門を守ってきた猿神像が祀られている古社幸神社(さいのかみのやしろ)がある。本堂裏にて猿神像を観る事が出来た。最後に、相国寺の前を通り同志社大学の構内へ、ここから冷泉家を見学、平安末期から鎌倉初期に活躍した歌人の「和歌の家」である。
午後からは、少し寒さを感じる気温となったが、無事今出川駅までたどり着いた。本日の、案内役である山下さんには感謝です。有難う御座いました。
(文/T.Sawada)
