京とおうみ自然文化クラブ

「京(みやこ)とおうみ自然文化クラブ」は、認定NPO法人シニア自然大学校の京都府・滋賀県の地方組織です。 旧ブログは左下リンク集より閲覧できます。

2025年08月

公開講座 8月6日(水)「べらぼうの時代と京都の花街」の報告

 連日の猛暑の中、8月6日(水)午後1時半からひと・まち交流館で(株)らくたび代表の山村純也氏による公開講座「べらぼうの時代と京都の花街」が行われました。参加者は会員49名、一般13名の計62名と盛況でした。

 山村氏によれば、らくたびは創立後今年で20周年を迎えた。京都をテーマに各種ツアーを企画・実施しているが、集客には大河ドラマの上半期が重要で、昨年は「光る君へ」でヒットしたとのこと。講演は配布資料に沿って行われました。
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以下は講演の内容です。
 蔦屋重三郎が存命の時代の江戸では徳川家重(9代)、家治(10代)の下で老中・田沼意次が、一方京都では京都所司代の下で町奉行が統治していました。この頃、江戸では幕府公認の遊郭である吉原が賑わっていましたが、吉原名物といえば馬肉料理。客が遊び過ぎて金欠病になり、乗ってきた馬で払ったことに由来しているのは面白い話です。一方、京都では六花街が京文化の一翼を担っていましたが、昭和に最初の官許の廓である島原がなくなり、現在は祇園甲部、祇園東、宮川町、先斗町、上七軒の五花街が残り、それぞれに技芸発表の舞台(〜をどり)を持っています。
【現存する五花街】
祇園甲部(こうぶ); 京都最大の花街で八坂神社門前の茶屋街として発祥したが、明治14年に祇園町が甲部と東に分割されました。祇園の中では最も格式が高いお茶屋の一力亭が有名。4月に「都をどり」がある。
祇園東; 八坂神社門前町として発展。明治の分割で花見小路東側一帯が祇園東となりました。 11月に「祇園をどり」がある。
宮川町; 鴨川東岸の四条通から五条通の間に位置し、その名は八坂神社の祇園祭で神輿洗いが行われる鴨川下流を宮川と呼んだことに由来。16世紀後半、鴨川の河原に茶屋町として発展しました。4月に「京おどり」がある。
先斗町; 鴨川と高瀬川に挟まれた南北約500mの細長い通り。江戸時代初期に町並みが整備され、水茶屋が設けられたのが始まりで、祇園と並ぶ花街として発展しました。5月に「鴨川をどり」がある。
 現在の先斗町歌舞練場は、木村得三郎の設計で昭和2年に完成。外壁の上部は西洋風のタイル、下部は日本の土蔵などで使われる「なまこ壁」のようなデザインで、当時「東洋趣味を加味した近代建築」と賞賛された。山村氏からは写真で内部の様子を紹介していただきました。
上七軒; 室町時代の北野天満宮修復の際、残った木材で七軒の茶店が建てられ、参詣する人が休息に立ち寄る「七軒茶屋」として始まった。豊臣秀吉に我が国初の公許茶屋として認められました。老舗和菓子店「老松」もここで創業。3月下旬~4月上旬に「北野をどり」がある。
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(写真はクリックで大きく表示されます)
【島原について】
 秀吉が認めた我が国最初の花街で正式な地名は「西新屋敷」。当初は「二条柳町」にてスタートし、その後、東本願寺の北側にあたる「六条三筋町」で栄えていましたが、寛永17(1640)年、市街地整理のために現在地へ移転しました。あまりに急な移転命令に、天草四郎の一揆「島原の乱」の混乱ぶりと似ていたので、『島原』と呼ばれるようになりました。西本願寺の北、花屋町通を西へ進み、島原の入口に建つ島原大門は遺構のひとつ。
 島原の遊女の最高位「太夫」は、歌舞音曲、茶道・華道・和歌・俳諧などに秀で、高い教養を身に付けて、江戸中期には京都文化の中心的役割を果たしていましたが、中でも有名だったのは吉野太夫。ちなみに、花魁(おいらん)は江戸の吉原で人気を博した高級遊女、太夫は京都の島原で、芸事に秀でた最高位の遊女を指します。そのほか島原ゆかりの人物として夕霧太夫(後に大阪・新町の太夫に)、俳句と南画の与謝蕪村、尊王攘夷運動の久坂玄瑞がいます。
 祇園、上七軒の花街が裕福な町衆に支持されたのに対し、島原を贔屓にしたのは大名や公家、京の治安維持にあたった新選組の隊士でしたが、東京遷都によって公家がいなくなり大きな痛手を受けました。現在は旧置屋で唯一営業中の輪違屋(わちがいや)と旧揚屋の角屋が「角屋もてなしの美術館」として残っています。
【京都に発展した遊郭】
・五条楽園; 五条会館周辺のお茶屋や置屋の建物が残る。
・三本木; 南北に走る東三本木通を挟んで鴨川や東山を眺める風光明媚な場所にあった。後の木戸孝允の妻となる名妓・幾松が知られる。
・橦木(しゅもく)町; 伏見区の京街道と大津街道の分岐点近くにあり江戸前期が全盛期であったが、後期には中書島に奪われて衰退した。
・五番町; 北野天満宮や愛宕山参詣者の茶屋。水上勉の小説「五番町夕霧楼」で知られる。
・橋本; 石清水八幡宮参拝者の宿場などがあった。
・下河原; 京都東山、高台寺近くに位置した花街。明治時代に祇園甲部へ吸収合併された。

 本日は山村氏から筆者の知らない世界の京都の花街について、盛りだくさんの興味深い話をお聞きすることができました。閉会の際、澤田会長から来年2月の公開講座もお願いされたので楽しみにしています。 (文/讃良)

10月8日(水)例会「詩仙堂と・・・」申し込み受付を終了しました

 会員の皆様には7月下旬のメールでご案内しておりました10月8日(水)例会「詩仙堂と武田薬品の薬用植物園の見学」、申し込み受付を8月16日(土)までとしておりましたが、武田薬品側の受付人数の上限に達しましたので、受付を終了しました。申し込みのない方の当日参加はできません。宜しくご理解のほど、お願いいたします。

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雨天決行等の特記のない屋外行事は、前日21時前の
   NHK天気予報や、前日17時の気象庁ホームページ
   の天気予報で、行事
実施地域の午前中(気象庁ホーム
   ページは6~12時)の降水確率が
60%以上の場合、
   中止です。なお、
気象庁ホームページは当日の5時に
   更新されますが、その結果にかかわらず、前日17時
   の予報に従います。