2025年02月
翌日から寒波が予想されていましたが、当日は最高気温7.4.℃という比較的穏やかで午後1時30分から「ひと・まち交流館」で公開講座が行われました。参加者は会員28名、一般参加4名の計32名でした。多数の参加有難うございました。
講師は当クラブ会員の「岡かおる」さん。岡さんには研修会での植物観察案内でもお世話になっております。また野鳥の会、森林インストラクタ-、自然保護活動など幅広く活動されておられます。記憶に新しいところでは2022年5月に「風呂敷の中の自然観察」と題して楽しく役に立つ風呂敷の利用方法などのお話をしていただきました。
そして今回のテーマは「はっぱとイモムシ」です。ご承知の通り昨年9月に京都府立植物園のワイルドガ-デンに食草園エリアが設けられました。研修会でも何度か観察も致しましたイモムシにはびっくりもしますが楽しくもなります。サブタイトルを~京都府立植物園で見た生きもののつながり~とし、岡さんのイモムシ愛を感じるお話をお聞きしました。
講師は当クラブ会員の「岡かおる」さん。岡さんには研修会での植物観察案内でもお世話になっております。また野鳥の会、森林インストラクタ-、自然保護活動など幅広く活動されておられます。記憶に新しいところでは2022年5月に「風呂敷の中の自然観察」と題して楽しく役に立つ風呂敷の利用方法などのお話をしていただきました。
そして今回のテーマは「はっぱとイモムシ」です。ご承知の通り昨年9月に京都府立植物園のワイルドガ-デンに食草園エリアが設けられました。研修会でも何度か観察も致しましたイモムシにはびっくりもしますが楽しくもなります。サブタイトルを~京都府立植物園で見た生きもののつながり~とし、岡さんのイモムシ愛を感じるお話をお聞きしました。
・ まずは「イモムシって何の幼虫?」から。チョウ目のチョウやガの幼虫のことで日本にはチョウ約300種、ガ5500種がいるとのこと。イモムシの名の由来は漢字で「芋虫」イモの葉を食べるセスジスズメからついたと教えていただいた。また前部に3対6本の足、腹部に4対8本の足、後部に1対2本の足がある、なるほど!尚シャクトリムシは腹部の足が退化してないため前と後ろの足で特殊な歩き方をする、なるほど、なるほど!!
・ そして「イモムシは何を食べる?」単食性と狭食性と広食性があるが単食性のイモムシは植物にはそれぞれに毒があり自分に見合ったものしか食べない、他の植物は餓死しても食べないらしい。
・ チョウとガの一生と暮らし方は完全変態で、卵→幼虫→蛹→成虫と変化。幼虫と成虫で姿がガラリと変化する。
・ 次は京都府立植物園・食草園の植物とチョウの話。カラスザンショウはパイオニア植物で大きくなる、実は鳥にも人気。食草園には常緑のものが多い、トキワザンショウなど。コデマリにホシミスジ、ホトトギスにルリタテハ、ボタンボウフウにキアゲハなどの組み合わせ。
・ そして個々のチョウとガの卵から成虫までの紹介。卵など微細なものも含め写真が鮮明でよくわかりました。チョウの幼虫は1齢から5、6齢で終齢に、ルリタテハの幼虫はJの字に似る。ジャコウアゲハの蛹は「お菊虫」と呼ばれ怪談、皿屋敷のお菊に由来するとのこと。ツマグロヒョウモンは南方系のチョウ、温暖化で北上。タテハチョウの仲間は6本足のうち前部の2本が退化して4本足に見える。
・ そして「イモムシの天敵は?」・・鳥、カマキリ、クモ、ハチ、アリ、カエル、菌類そして寄生バチや寄生バエなど多種。
・ 「植物園で見られる植物、昆虫、鳥の関わり」さまざまで多種、季節により様々な共生関係が観察できる。
・ 「生きもののつながりを考える」例としてエノキには様々な野鳥や昆虫(ゴマダラチョウやタマムシ)が集まり生きもの生活空間、生きもの観察を楽しませてくれるなど紹介された。
・ 擬態する幼虫。枝と冬芽に化けたクワエダシャク、ヘビにそっくりのビロ-ドスズメ、クズの蕾に紛れるウラギンシジミなどを紹介いただいた、びっくり!!
(写真はクリックで大きく表示されます)
お話は永久保存版の配布資料にそった説明でしたので非常にわかり易かったと思いました。岡さん素晴らしい講義有難うございました。単なる知識だけでなく実際に幼虫から飼育された実経験に基づく内容をお聞かせいただき大変有意義で興味深い楽しいお話でした。またイモムシ図鑑や鳥の羽根標本など多数お持ちいただき興味深く拝見させていただきました。 (文/澤田章夫) 京都の太秦を起点に嵐山までの歴史散策です。時折雪が舞う薄曇りの寒い天気にもかかわらず、会員49名、一般参加2名の計51名の方が参加されました。案内は歴史に詳しい山下さん。地下鉄太秦天神川駅を地上に上がった広場に集合し、ここで山下さんから、太秦の名の由来について説明がありました。
機織の技術集団であった渡来人の秦氏はヤマト王権へ絹や布を献上し、それらをうず高く積み上げていたことから、「兎豆満佐(うずまさ)」という姓を賜わった。そこから、拠点を表す「太」という漢字を当てはめ、「秦氏の拠点」を表す「太秦」になったとの説があるようです。このあと10時10分頃に出発。
① 木嶋坐天照御魂(このしまにますあまてるみたま)神社
難しくて読めません。通称は木嶋(このしま)神社。推古天皇12年(604年)に広隆寺創建に伴い勧請されたともいわれています。本殿の右にある社殿は養蚕(こかい)神社、別名は蚕の社(かいこのやしろ)。この名の由来は、秦氏が養蚕と織物の神を祀ったのが始まりと伝えられています。「蚕の社」の由来がやっと分かりました。ここで山下さんから、社殿の屋根に直角に設置されている鰹木(かつおぎ)の本数から、この神 社が男性の神か女性の神かを見分ける方法を学びました。鰹木の本数が奇数ならば男性の神、偶数ならば女性の神です。
本殿の西に建てられているのは京都三珍鳥居の一つの三柱鳥居(みはしらとりい)。三つの鳥居を正三角形に組み合わせた形で、中央の組石は神坐で、以前は三方向から拝めるようになっていたようです。鳥居の前にある池が元糺の池で、現在は枯渇しています。
② 大酒(おおさけ)神社
祭神は秦の始皇帝、弓月君(ゆづきのきみ)、秦酒公(はたのさけきみ)。大酒神社は元来、広隆寺の桂宮院の境内に鎮守の社として祀られていましたが、明治元年の神仏分離令により現在の位置へ移転しました。八角柱の鳥居がユニークです。
③ 広隆寺
広隆寺では団体での見学はできないため、集合時間を決めての個別見学となりました。暗い講堂の奥に金網越しに阿弥陀如来坐像を見ることができました。広隆寺の現在のご本尊は聖徳太子ですが、603年に秦河勝が聖徳太子から賜った仏像をご本尊として建立した京都最古の寺です。その本尊が国宝指定第1号の弥勒菩薩像で、霊宝殿に収められています。霊宝殿には国宝20点、重文48点が収められており壮観です。有料ですが拝観をお勧めします。なお、国宝第1号の謂われは、指定当時、地図上で一番北にあって、南に行く毎に2号、3号となったためだそうです。
④ いさら井
広隆寺の境内を出てしばらく歩くと、民家のそばに使われていない古びた井戸があります。元々は広隆寺の境内にありましたが、敷地の縮小により現在の場所に残りました。この井戸をいさら井と呼んでいますが、「いさら」とは古語で「少ない」という意味なので「いさら井」とは「水の量が少ない井戸」ということになります。一方で、いさら井はイスラエルがなまったものと捉え、日本人とユダヤ人とは祖先が同じではないかという日ユ同祖論という説もあるようです。
蛇塚の名称は、かつて石室内に蛇が多く棲息していたことに由来するそうです。京都府下最大で、全国的にも有数の規模を誇る横穴式石室をもつ前方後円墳ですが、住宅地の中にポツンと存在します。秦氏一族の族長クラスの墓といわれ、古墳時代後期の6世紀末から7世紀初頭に築造されたと考えられています、現在は、墳丘封土は失われ、露出した石室のみが残ります。石室の大きさは全国で4番目とのこと。
⑥ 車折(くるまざき)神社
この神社の名前は、後嵯峨天皇が嵐山に遊行した際、社前で牛車の轅(ながえ)が折れ、動かなくなったことから、門前右側の石を「車折石」(くるまざきいし)と呼んで、「正一位車折大明神」の神号を贈られたことに由来します。そのため当社では「石」に対する信仰が厚く、神主がお祓いをした石が入ったお守り「祈念神石」は願い事を叶えるパワーストーン」として知られています。境内には、芸能の神様「アメノウズメノミコト」を祀った芸能神社があります。毎年多くの芸能人やアーティストがこの神社へ参拝し、芸名や劇団などの団体名を記した朱塗りの玉垣が多数奉納されており、華やかで目を奪われました。
⑦ 葛野大堰(かどのおおい)
車折神社から20分ほど歩くと大堰川の河畔に出ました。遠くに嵐山の渡月橋が見えますが、河畔の冷たい風に当たり寒さは倍増です。観光客で混み合う渡月橋を渡り、右折して中之島の先端に行くと「一ノ井堰」と彫られた石碑があります。桂川は渡月橋付近で大堰(おおい)川と呼ばれていますが、これは5世紀後半に秦氏が葛野(かどの)地方に移り住み、渡月橋の付近で桂川の中に大きな堰を築いたためです。この堰が葛野大堰です。この堰で水をせき止めて水量を調節し、洪水を防ぐと同時に水路を設け農業用水を確保することができました。これにより嵯峨野や桂川右岸で農耕ができるようになりました。現在、秦氏が造った葛野大堰を原型に「一の井堰」が渡月橋上流に造られています。
ここで終礼が行われ14時40分頃に解散となりました。本日は太秦の由来や秦氏の功績などを知る良い機会でした。案内していただいた山下さん、ありがとうございました。 (文/讃良)
参加者:21名、天気:曇り時々晴れ。この時期京都は寒いのですが、当日は風がなく曇り空でも凍える感じがありませんでした。齊藤ちづみさんの案内で冬芽の観察をしました。
まず、冬芽の所に行き、齊藤さんの話を聞き、あとは皆ルーペを持って顔を冬芽に近づけて観察です。ぼーっと見ていると気づけないことだったり、拡大して見ると齊藤さんの話が納得できたり、静かな中で観察会は進みます。みんなが見終わる頃まで齊藤さんは脇に立って見守り、時々質問に答えたり追加の説明をしてくださったりしています。
では、冬芽の紹介をしていきます。全部お伝えすると長くなるので半分くらいに端折ります。
①
クマノミズキ 赤くなった枝の先につく冬芽(頂芽)は筆ペンの先にそっくり。
②
バイカウツギ 隠芽(葉痕の中に隠れている冬芽) 葉痕は三角形で白く、そこが割れてぷくっとふくらんで隠芽なのに顔を出しているのが1個ありました。
③
オニグルミ 頂芽は大きく裸芽で円錐形。褐色の短い毛が密生しています。葉痕が羊の顔に似ていて私には冠を付けた観音様の頭部に見えます。植物園のいい所は成木だと高過ぎて観察できないのですが、若木がその横にあることです。
④
ヤマモミジ イロハモミジ オオモミジ 枝先に水滴型の赤くてつやのある2個の冬芽が並んでいます。膜質鱗芽ってわかりますか。冬芽が毛糸のパンツをはいていると教えてもらってああこれのことかと納得。
⑤
ミツマタ 銀色の毛に包まれたたくさんの花芽と葉芽が別々に出ています。

⑥
ジャケツイバラ とげの間に冬芽。目を凝らしてみていくとポツポツと見つかります。
⑦ アブラチャン シロモジ 枝先に2個の柄のついた丸い花芽とその真ん中に先のとがった葉芽があります。グリコの看板のポーズのようです。(古いなー)
⑧ コクサギ 三大美芽の一つ。赤い芽鱗の縁が白くきれいです。
⑨ ハクウンボク 長卵形で裸芽。その下部に予備芽を付けている。ぴったっとくっついている様子は子どもをおんぶしているようです。
⑩ タラノキ 太いトゲの目立つ枝の先に冬芽。山菜のタラの芽はこれが展開したものですね。
⑪ シラキ 芽鱗2枚、葉痕に3個の維管束痕。小人がとんがり帽子をかぶっているようです。
⑫ メグスリノキ モミジの仲間なのですが、頂芽が1個あって頂生側芽が左右について軟毛が密生しています。赤くてつやがあってコロンとしたモミジの冬芽とはえらい違いです。
⑦ アブラチャン シロモジ 枝先に2個の柄のついた丸い花芽とその真ん中に先のとがった葉芽があります。グリコの看板のポーズのようです。(古いなー)
⑧ コクサギ 三大美芽の一つ。赤い芽鱗の縁が白くきれいです。
⑨ ハクウンボク 長卵形で裸芽。その下部に予備芽を付けている。ぴったっとくっついている様子は子どもをおんぶしているようです。
⑩ タラノキ 太いトゲの目立つ枝の先に冬芽。山菜のタラの芽はこれが展開したものですね。
⑪ シラキ 芽鱗2枚、葉痕に3個の維管束痕。小人がとんがり帽子をかぶっているようです。
⑫ メグスリノキ モミジの仲間なのですが、頂芽が1個あって頂生側芽が左右について軟毛が密生しています。赤くてつやがあってコロンとしたモミジの冬芽とはえらい違いです。
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気が付いたら芝生広場に来ていました。最後の講座生のあいさつで「見るものあるのかなと思っていたのですが、楽しかったです。毛糸のパンツが印象に残っています。」との声。雲が途切れて陽が射していました。
私の説明より写真が一番わかってもらえそうです。自分も見に行きたいと思われた方はルーペと図鑑をお供にお出かけください。『冬芽ハンドブック』(文一総合出版)を多くの方が持って来られていました。『冬芽ファイル帖』(小学館)は読み物としても楽しいです。 (文/海老原)
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