京とおうみ自然文化クラブ

「京(みやこ)とおうみ自然文化クラブ」は、認定NPO法人シニア自然大学校の京都府・滋賀県の地方組織です。 旧ブログは左下リンク集より閲覧できます。

2023年12月

例会 12月13日(水)「三好長慶の三好山城とJT生命誌館の見学」の報告

 JR高槻から市営バスで20分ほど、上ノ口で降り、老人ホームを左に見ながら下って行った。摂津峡の石標を左折すると5分ほどで三好山入り口の標識。細い山道になるので前日の雨が心配で、足元に注意しながら歩いた。芥川の流れを右下に感じながら、山裾に作られた細いがけ道を上って行く
 15分歩くと城山城跡の石柱。野ブドウやムラサキシキブを見ながら、見晴らしの良い所へ。木株の椅子が4~5個置かれている。高槻市内が一望され、遠くにあべのハルカスが見える。すぐ近くに「三好山へ6分」の木札。10分で山頂へ。三好長慶の芥川山城跡と書かれた大看板があった。
 三好長慶は阿波・徳島から摂津に進出、主君・細川晴元に替わって1553年入城し、7年間座城したとある。足利将軍家を擁立せず、畿内一円11か国を支配、「芥川政権」を樹立した。織田信長に先駆けた天下人と称される所以である。標高182・7メートルの山上に本丸・出丸・田の丸など、鉄砲が普及する前の戦国の山城を偲びながら城跡を後にした。
 来た道を戻り、竹林を越えて塚脇・上ノ口への下り道を案内する標識に従って降りる。5~6分ほどで視界が広がる。黄金の里ホームから妙力寺前を通り、千念院を過ぎて川に出る。渡って右へ進むと前方にアクアピア芥川が見える。15分ほどで着き昼食。バスと川沿いを歩く2班に分かれ、JTへ向かう。

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 JTは文字通り日本たばこ産業。生命誌研究館と銘打ってるだけに、生きること、生命に関わることを扱っているのか。楽しみに訪ねた。JR高槻から歩いて10分。案内された部屋で各階ごとの説明を受け、3班に分けて案内された。一階のセンターに階段があり、最初の一言が「階段の一段が一億年です」。38億年の生命の歴史があるので、階段が38段かと思いきや、そこまで長くない。12~13段であった。ご愛嬌である。固いと思いがちだが意外と人は柔らかい。
 1階の展示ホールは地球上の生きものが、個体が生まれる発生について語り、細胞のゲノムDNAを受け継ぐ仲間であることを見せてくれる。実物の骨格標本を見ながら形の意味と面白さが実感できる。木の枝に擬態するナナフシや肺魚などの実物も展示されており、興味深い。「生きている」を見つめ「生きる」とは何かを考えるゲーム展を見てついつい自分の生き様を考えてしまう。地球の誕生は46億年前と言われるが、その6億年後に生命の出現があり、500万年前の人類誕生までに長い長い道のりがあった。
 2階のギャラリーでは、「エルマー・バイオヒストリ-の冒険」展や「生きもの上陸大作戦」展が展示されている。地球上の動物に驚きながら、その生態が楽しめる。3階は実験室が中心で非公開。毎月第3土曜日、生命誌の日に催しを開催している。

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 (写真はクリックで大きく表示されます)

 4階の屋上にチョウのレストラン「食草園」が設けられている。コンクリートで囲まれた小さな庭に虫や鳥が訪れ、春夏秋冬を通じて四季折々の変化が見られる。蝶の幼虫が食べる植物は種ごとに決まっていて、この食草園にはさまざまな食草が植えられている。ミカンにナミアゲハ、レモンにクロアゲハ、クスノキにアオスジアゲハ、ブロッコリー・ハボタンにモンシロチョウなど24種類の食草とチョウの関係が分かる。初めて見る実景であり、おもしろい所であった。   (文/吉田)

例会 12月5日(火)「琵琶湖の水鳥観察」の報告

 近江今津駅に10時15分集合。参加者は一般の方1名を含めて合計16名。当日は雨が心配でしたが、無風の曇りで観察には絶好のコンディション。案内役は毎年お世話になっている佐々木さん。駅の待合室で、佐々木さんからカモの雌雄の見分け方や琵琶湖でしか見ることができないホオジロガモ、ハジロカイツブリ、コハクチョウなどを説明された後出発。行程は、駅近くの港付近で観察後、湖岸を南下し湖面と湖岸の松林に鳥を観察しながら新旭水鳥センターを目指します。ただ、当日は休館日のため折り返して近江今津駅に戻ります。

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  観光船乗り場の岸壁からはオオバンの群れを観察。オオバンは体が黒く、嘴が白いことから「サタン」と呼ばれています。飛来する南限は茨城県の霞ケ浦ですが、なぜ琵琶湖までやって来るのか理由は不明とのこと。少し南下した別のテラスからは湖面にカンムリカイツブリキンクロハジロを確認しました。カンムリカイツブリは大型のカイツブリです。佐々木さんからカイツブリの名前の由来を教えていただきました。ネットで調べると、水を「掻いて潜る(掻きつ潜りつ)」が転じたか、「カイ」はたちまちの意で、潜る時の水音が「ツブリ」に転じたとする説など、いろいろあるようです
 すぐ近くの湖岸からアオサギが飛び立ちました。さらに南下すると船着場のポールに留まっているトビ電柱にコサギ樹上にカワラヒワの群れを見つけました。沖合に設置された架台の上にはカワウが数羽留まっていました。他の水鳥よりも大きいので目立ちます。湖面にはオオバン、ヒドリガモコガモ、カンムリカイツブリ、キンクロハジロ、ホシハジロカワアイサなどを確認しました。

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 新旭町に入り、しばらく歩くと道路脇に鳥居があり、湖に面して二つの石が祀られています。二ッ石大明神と呼ばれ、渇水になって湖面水位が下がると沖合い100mの地点にある2つの岩が露出しますが、その代わりが湖岸に祀られた2つの石のようです。
 湖畔道路から別れてサイクリングロードに入ると遠くには雪を抱いた伊吹山が見えます。竹生島遙拝所跡の石碑を過ぎると木製のやぐらがありますが、昔栄えた木津(こうつ)港の常夜灯として使われていました。時々、立ち止まっては湖面に鳥を探します。近くの湖面にはハジロカイツブリがいました。さらに行くとオナガガモ、そしてこの日のハイライトのコハクチョウが4羽いました。白くて大きいので目立ちます。水中に首を入れて餌を採ったり優雅に移動する姿を見ることができました。一方、陸地に目をやると1羽のトビが木に留まっていました。しばらく歩いた後、屋根付きの屋外休憩所で昼食。

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(写真はクリックで大きく表示されます)
 昼食後はさらに南下し、新旭水鳥観察センター付近まで来ると湖面には多くの水鳥がいました。水鳥センターは休館日のため手前で折り返して今津駅まで帰る途中、湖畔にダイサギを見つけました。くちばしの色は季節によって変わり、冬期は黄色、夏期は黒色とのこと。すぐ近くの樹上にはシメが1羽留まっていました。さらに歩くと民家の屋根にジョウビタキを見つけ、浜ではカワラヒワが群れていました。駅に近づくにつれて水鳥の数は少なくなりました。今津駅前の広場で終礼。佐々木さんからお手製カレンダーが3名の方に進呈され、午後2時頃に観察会を終了しました。

 時間の都合で鳥合わせはできませんでしたが、後日佐々木さんから報告がありましたので以下に紹介します。出現した鳥は計30種。内訳は、陸鳥(留鳥)はスズメ、ハシブトガラス、ハシボソガラス、ヒヨドリ、ムクドリ、カワラヒワ、ホオジロ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、トビ。陸鳥(冬鳥)はシメジョウビタキ)、水辺の鳥(留鳥)はコサギダイサギ、アオサギ)、水鳥(留鳥)はカワウカイツブリ、カルガモ、水鳥(冬鳥)はオオバンカンムリカイツブリハジロカイツブリコガモ、マガモ、ヒドリガモハシビロガモオナガガモキンクロハジロホシハジロカワアイサコハクチョウ。このほか、参加者の方が飛翔中のホオジロガモを撮影されたので、これを合わせると計31種となりました。ご案内いただいた佐々木さん、ありがとうございました。(文/讃良)

例会 11月30日(木)「双ヶ岡~御室仁和寺・御室八十八か所巡り」の報告

 晩秋のこの時期に、御室仁和寺界隈を訪れました。実は昨年計画しましたが雨で中止。今年も天候を気にしていましたが今日は晴れ、寒さもそれほどでもない活動日和となりました。本日の案内はご近所にお住まいで地理にも植物にも詳しい、高橋弥生さんにお願いいたしました。

 JR花園駅に10時に集合、31名の参加。スケジュールの説明を受け出発、仁和寺の南に位置する小丘陵は「雙ケ岡(ならびがおか)」として国の名勝に指定されている。今日は南から三ノ丘、二ノ丘、一ノ丘と散策していく。丘上には古墳群があったらしい。道々で樹木の説明を受ける。シロバイ、ソヨゴ、リョウブなど。リョウブ(令法)は飢饉のおり新芽、新葉を食するよう法令で定めたことから命名されたとのこと。そしてカナメモチ、ヒサカキ、カクレミノ。カクレミノはご存知グー、チョキ、パーの木。アオモジの樹皮は緑で葉からはレモンの匂いがする。
 二ノ丘は2018年台風による倒木を集積したモニュメントがあり印象に残る。コシダウラジロも道端に。ウラジロはお正月の縁起物で代々(7年~10年)にわたり伸び続けるから縁起がいいそうだ。アカマツ、コナラ、ネジキなどを見ながら一ノ丘(116m)に着く。仁和寺二王門五重塔が確認できた。ここからは急な下り道、嵐電の電車の音も聞こえてくる。ソヨゴとリョウブが道々にそしてヒヨドリの鳴き声か?小丘陵を降りて双ヶ丘制覇し仁和寺に向かう。

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 御室仁和寺駅を渡ればすぐに仁和寺の二王門。境内に入ると目の前に広がるモミジの紅葉、何と綺麗なことか感激,感嘆する!!仁和寺の説明を受ける。ここの「御室桜」は京都で一番遅咲きの桜として親しまれている。樹高は低く2mから3mほどで「わたしゃお多福、御室の桜,鼻が低ても、人が好く」と詠われた。そして堂塔伽藍は応仁の乱(1467~1477)で焼失したがその後再興、金堂(国宝)は御所の紫宸殿を移築。1994年に世界文化遺産に登録された。金堂前のモミジの紅葉は特に素晴らしいの一言。

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 八十八か所巡りゴール地点の広場で昼食をとり3km、約2時間のコ-スに出発する。「御室仁和寺八十八か所」は1827年に当時、四国八十八か所への巡拝が困難であったため、その地の砂を持ち帰り仁和寺の裏山である成就山山道に埋め、その上に諸堂を建て霊場を整備したのが始まり。8番からスタ-ト、阿波の国の熊谷寺で千手観音が祀られている。少しきつい上り23番で休憩。ここからは先ほど歩いた双ヶ岡が一望できる。続いて28番はこのコ-ス最高のビュ-スポットで比叡山、京都タワ-が眼下に
 31番は土佐の国の竹林寺、数年前に寄進により再建された、その寄進額は何と1000万円である。37番には花天井絵41番は伊予の国の龍光寺で六角堂である。48番が成就山山頂(236m)ここからの眺望もよい。50番をすぎたところがまたまたビュ-スポットで仁和寺、妙心寺、双ヶ岡、京都タワ-を望む。66番からは讃岐の国で雲辺寺。80番には亀石があり、がん封じとのことで石をなでる。最後は88番大窪寺で御室八十八か所を結願。これで煩悩が消え、願いがかなうかは今後の行い次第か。

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 今日は高橋さんの丁寧な案内で大変良い活動となりました、紅葉も楽しめました有難うございました。   (文/澤田章夫)

11月27日(月)「草津市立志津南小学校4年生りょうぶの道観察会」の報告

 現在4年生になっている子どもたちが小学校に入学してくるときは、コロナの蔓延が大きな社会問題となり、全国一斉の休校処置がとられていました。学校に行きたくてもいけない日々が、いつまで続くのか先が見えず不安ばかりが高まるなか、自宅でプリントやリモート学習をする日が続いていました。
 ようやく登校できるようになってもクラスの半数の子どもだけが交代で登校し、友達全員の顔がそろうことはありませんでした。しかも、ずっとマスクを着けたまま、担任の先生や友だちの笑顔も見られない日々が長く続いていったのです。制約ばかりで不自由な小学校生活を過ごし、外に出て思いっきり走り回って遊んだり、楽しくおしゃべりしながら給食を食べたりできなかったのです。
 そんな子どもたちが紅葉した落ち葉を宝物のように拾い上げ、ドングリや木の実をいっぱい集めて友だちと笑顔で語り合い、身近で豊かな里山の自然を感じ取ってほしいという願いを込めて、11月13日に「りょうぶの道観察会」を実施する計画を立てました。
 そして迎えた当日、無情にも冷たい雨が降っていました。どんなに綿密な準備を進めていても、天気だけはどうすることもできません。やむを得ず、朝6時に「27日に延期!」としました。
 予備日の11月27日、雲一つない快晴でした。京都、大阪方面から早朝より駆けつけてくださった17名の会員の皆さんが、8時すぎにJR琵琶湖線南草津駅に集まり、志津南小学校に向かいました。
 4クラス118名の子どもたちを8つのグループに分けました。そして、「森の先生」として説明してくださる方と「サポーター」として見守ってくださる方2名に各グループの担当をお願いしました。これからいったい、どんなことが始まるんだろうと期待に満ちた目で、我々をじっと見つめる子どもたちの前に立つと、誰しもドキドキしてきます。
 そこで11月初旬に事前研修会を「りょうぶの道」で実施しました。「りょうぶの道」とは、湖南丘陵を切り開いて造成され、1983年から分譲が開始された住宅地である草津市若草と大津市青山にまたがる牟礼山(221m)の稜線に沿って続く自然観察道です。立命館大学のキャンパスとも接しています。
 初めて「森の先生」をしてくださる方にも、安心して子どもたちの前に立っていただけるようにと考えました。そこで、詳しいコース地図にそれぞれの地点でみられる主な植物を記入したマップと各ポイントでどんな説明や活動をするとよいのか、活動のヒントを書き込んだシナリオをお渡ししました。子どもたちにわかりやすく説明していただくための写真もお渡しして、使っていただけるようにしました。
 お孫さんや近所のお子さんの小学校の理科の教科書を見ていただいたらお分かりになると思いますが、現在の小学校の1・2年生では、理科と社会科を合わせた生活科の学習をしています。そのため、理科の学習は3年生から始まります。しかも、4年生の子どもたちは木や森の仕組み、光合成などについては、まだ学習していません。興味のある子どもは別にして、ほとんど何も知らないというのが実情です。
 そんな子どもたちに、木は、根・茎・葉からできていることや落葉樹と常緑樹があること、なぜ、紅葉や黄葉するのか、年輪って何なのかなどの疑問をみんなで考えながら、自分たちのいちばん身近な里山の自然に興味を持ってもらうことをねらいとしています。

 午前9時。開会式で讃良会長のあいさつの後、各グループの担当者がそれぞれ自己紹介をして出発しました。学校から歩いて15分で「りょうぶの道」の入り口に到着しました。坂道を少し上っていくと、早速、道端に落ちていたカリンの大きな実を見つけて大喜びしてる子どもたち。事前に準備していたカリンの実の輪切りを見せ、甘い香りをかぎ、カリンのど飴の写真を見せました。木の特徴や固い実がのど飴に使われていることを説明すると、興味深く話を聞いています。
 植物の観察だけではありません。少し進むと大きなタンクがそびえ立っています。これは何をためているタンクか尋ねてみても、首をかしげています。近くにあるロクハ浄水場で作られた水道水がポンプでこのタンクに汲み上げられ、みんなの家や小学校に給水されていること。みんなが持ってきた水筒に入っているお茶もこのタンクの水を使っていると知って、大きくうなずいていました。
 見晴らしのよいところに立ち、40年前に開発が始まったばかりの頃の写真と現在の様子を見比べたり、学校や自分たちの住んでいる家が見えるかどうか探したりもしました。

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 リンゴツバキの実が足元の枯れ葉のあいだに落ちているのを目ざとく見つけた子が「これは何?」と尋ねてきました。頭の上に広がるリンゴツバキの枝を示しながら、大きな実ができることや冬になっても葉を落とさない常緑樹とすでに茶色くなって葉を落としている落葉樹があることを話しました。
 子どもたちが山道を歩くときに注意が必要なウルシを実物や写真を見せながら説明しました。特徴的な葉の付き方を「ヨコ・ヨコ・ピン」と示すと、さっそく真似をして口ずさみながら覚えていました。
 紫色のかわいい実がいっぱいついた木を見つけた子どもがいます。「滋賀県にゆかりの深い来年のNHK大河ドラマの主人公と同じ名前だよ」と言っても、キョトンとしています。残念! ムラサキシキブという名前を伝えると納得していました。
 葉は落ちていましたが、赤い実から黒い種がのぞいているゴンズイ。「幹の模様が魚に似ているから、ゴから始まる4文字の魚の名前と同じだよ」とクイズを出すと、サッと手を挙げて「ゴンズイ」と答える子がいました。魚博士の子がいるんだと驚きました。
 コナラの木の前でドングリの話をしました。いろいろなドングリがあることやドングリのどこから根が出てくるか、クイズを出してみんなに考えてもらいました。そして、足元に落ちているドングリの中に根が出ているものがあるか探しました。

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 それぞれのグループに15人ほどの子どもがいます。疲れてくると必ずしも全員が集中して話を聞いてくれるわけではありません。後ろの方でほかの草木に気を取られたり、足元が悪くて転びそうになる子も出てきます。そんな子どもたちの様子を見守り、やさしく声をかけ手を差しのべるなど、常にグループ全体に気を配ってくださったのがサポーター役の皆さんです。本当に助かりました。
 下見の時にはかわいい花を咲かせていたコウヤボウキ。もう、花は枯れていましたが、この小さな植物が木なのか草なのか尋ねてみると、草だと思っている子が多かったです。草と木の違いや小さくて、細くても木であることを説明しました。そして、高野山のお坊さんが枝を束ねてほうきの材料にしたことから、この名前がついたことを話すと興味深そうに手を伸ばしていました。
 「カエンタケ注意」と書かれた立て札の前で、カエンタケの話をしました。今から10年前の志津南小学校の最初の観察会で発見されました。そして、2回目がおととしの秋のことです。素手で触るだけでもただれる毒キノコのカエンタケの説明を聞き、子どもたちは食い入るように写真を見つめていました。
 鋭いとげのサルトリイバラがありました。このとげのあるつるに絡まるとサルも動けなくなってしまうからこんな名前がついたことや、ルリタテハの写真を見せ、幼虫が食草としていることを紹介しました。
 その近くに生えているけれど実が少ないので、事前に準備してきたアオツヅラフジの青い実を子どもたち一人ずつに手渡しました。なかの種を取り出し、種が何の形に似ているかを虫めがねで見ていると「アンモナイト!」と答える子がいました。アンモナイトの化石の写真と見比べると、本当によく似ていたのでみんなびっくりしていました。
 牟礼山の山頂付近にたくさん生えているので「りょうぶの道」という名前がついたのですが、子どもたちが歩くコースにはリョウブの木が見られません。ちょっとわき道に入ったところにリョウブの木があります。昔は「救荒植物」として里山に植えられ、新芽を山菜として混ぜご飯にして食べたことを話しました。子どもたちは、すでに葉が落ち樹皮が剥がれすべすべしている幹だけになった木をなでながら聞いていました。
 植物観察だけではなく、地層の観察もしました。下り坂の道の側面が小さな崖になっていて、丸くていろいろな色の小石が粘土の間にはさまっているところがあります。山の上にこんな丸い小石があるのは、大昔、このあたりに川が流れていたこと。そして、川底にあってすり減った小石が地殻変動で持ち上げられて、今はこんな山の上にあるということを説明しました。何十万年も前の大地の変動の様子をうまく思い浮かべられたでしょうか。
 「りょうぶの道」の出口近くにテーダマツが何本か植えられています。よく見かけるアカマツやクロマツは、細長くとがった葉が2本ずつ束になっているけれど、アメリカ原産のテーダマツの葉は、3本が一組の束になっています。そして、大きな松ぼっくりが落ちていたので拾い上げてみると、チクチクととがった針のようなものがついていて手が痛くて、びっくりしていました。
 出口が小さな広場になっていて、クスノキが植えられています。落ちていた小枝を拾って匂いをかいでみると、独特の匂いがします。クスノキにはショウノウという虫が嫌がる匂いを出す成分が含まれていて、防虫剤が作られていました。なぜ、こんな虫が嫌がる匂いを出しているのか聞いてみると、「葉を食べられないようにしている」と答えてくれました。でも、アオスジアゲハだけがこの木に卵を産み、幼虫が葉を食べて繭になり、蝶になって飛び立っていくというとどの子も驚いていました。

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 1時間半ほどかけてゆっくりと歩きながら「りょうぶの道」の自然観察をしてきました。近くの公園のトイレを借りて少し休憩をした後、大津市青山の住宅街に作られた遊歩道を通って戻ることにしました。フウの並木が見事に色づき、子どもたちは大きな歓声を上げながら足元の落ち葉を踏みしめ、きれいな紅葉を拾ったり、丸くてとがった木の実を集めたりしています。その他にもハナノキやイチョウ、ユリノキ、メタセコイアなど、鮮やかに色づいた木々や子どもたちにちょっと立ち止まって説明したくなる樹木が並んでいます。さまざまな木々を見上げ、間をゆっくりと歩きながら戻っていきました。
 学校の近くの若草中央公園に集まり、簡単な閉会式をしました。子どもたちが次々と手を挙げて、感想を語ってくれました。
   「いろいろな木の種類がわかってうれしかったです。」
   「めちゃくちゃ細かく教えてもらって、森と友だちになれました。」
   「コウヤボウキは、おぼうさんがほうきにしてたんだとわかりました。」
   「リョウブの木が、食べ物になるなんてすごいとおもいました。」
   「ドングリのぼうしの中がさらさらしてました。」
   「いろんなことを知って、森と親友になりました。」
 私たちが予想していた以上に、さまざまなことを柔らかな感性で受け止め、学び取ってくれた子どもたち。「ありがとうございました」どの子も笑顔いっぱい、大きな声でお礼の言葉を述べて学校に戻っていきました。

 去年実施した観察会の後、子どもたちがお礼の手紙を書いて、送ってきてくれました。
  「わたしが一番心に残ったことは、先生の説明です。なぜなら説明がやさしくて分かりやすかったからです。わたしも森の先生みたいに、しんせつでいつでも笑顔でいたいと思います。これからも笑顔でいてください。それでその元気な笑顔でいろいろな人を元気にしていってください。」
  「ぼくは、りょうぶの道を歩いているとき、『森の先生はすごいなー』と思っていました。ぼくは、みなさんのことを本当にすごいなーと思います。葉っぱまみれなところをみなさんはすいすい行ってました。あんなとこ、ふつうの人ならいけないと思います。」
  「森についてしつ問したらちゃんとこたえてくれたし、森について説明もしてくれて、とても森についてわかりやすかったです。いろいろと教えてもらって最後に思ったのは、植物はちえで生きているんだなと思いました。」
 子どもたちは、「森の先生」と出会い、いろいろな説明を聞き、一緒に観察を続けていくなかでさまざまな植物の名前や特徴を知っただけではないのです。今まで出会ったことのない「森の先生」というすごい人がいるということに気づき、あこがれ、こんな人になりたいとさえ思ってくれたのです。これほどうれしく、励みになることはありません。

 「りょうぶの道観察会」実施に向けて、ご尽力いただいた事務局の皆さま、「森の先生」としてご協力いただいた皆さま、本当にありがとうございました。来年度も、「りょうぶの道観察会」の実施が予定されています。ぜひ、ひとりでも多くの皆さまに「森の先生」として、子どもたちと関わっていただけることを願っています。   (文/岡本哲生)             

例会 11月24日(金)「京都御苑界隈の歴史散策」の報告

 この季節からすると暖かい一日、何度も訪れた京都御苑を中心とした歴史散策、参加者は20名、案内役は何時もの歴史大好き山下さん。コースは、九条邸跡をスタートに御苑内の神社や歴史舞台となった邸宅跡と御苑周辺のお寺・古社を散策する。ちょうど昨年の今頃(12/6)にも同地を訪れているが、閑院宮邸跡の床モミジや足元が落ち葉で黄色くなったイチョウの前での記念写真と秋を満喫したことを思い出します。

 先ずは、丸太町通りに面した間之町口を入った所で朝の集会、丸太町通りは昔は春日小路と呼ばれていたが、西堀川界隈に丸太の材木屋が多かったことから江戸時代には今の丸太町通りとなったとの説明を受ける。
 看板前での概要説明では、京都御苑一帯は、平安時代には貴族などの邸宅が置かれ、江戸時代には、およそ200軒の公家邸が立ち並んでいました。また、幕末・維新の戦乱の舞台でもある。現在公園となっている部分は、明治時代まで宮家や公家の邸宅が立ち並ぶ町でしたが、その後、都が東京に移ったことにより邸宅は無くなりこの辺り一帯は、一時期荒廃し、この状態を嘆いた天皇や岩倉具視などにより御所保存・景観維持が建議され公家屋敷の空家撤去、跡地の整備が開始された。
 1947年に皇居外苑,新宿御苑,京都御苑の3つの公園が厚生省のもと国民公園として発足、1971年環境省が創設されて以降環境省が管轄を引継ぎ敷地内の自然保護の力を入れられるようになった。

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 今回は、歴史を中心に心が躍る。最初に五摂家の一つである茶室「捨翠亭」が残る九条邸跡へ、高倉橋からは、数寄屋造書院風の茶室や神社を一望出来、ハゼの紅葉が美しい素晴らしい眺めであった。厳島神社唐破風鳥居(上部の横柱が曲線状に反り曲がっている)は、蚕ノ社の三柱鳥居,北野八幡宮の連社石鳥居とともに京都三珍鳥居の一つとして有名である。次に訪れた閑院宮邸は、宝永7年(1710)に東山天皇の皇子、直仁(なおひと)親王を初代とし伏見宮,桂宮,有栖川宮家と並ぶ江戸時代の四親王衆のひとつである。
 昨年、クスノキの巨木の幹周りを実測した宗像神社を経由して、巨木・珍木巡りでは足を運ばなかった、胎範碑(幕末期政変で中心人物であった中川宮朝彦親王の碑)白雲神社(西園寺家の旧鎮守社, 立命館学園発祥之地), 西園寺邸跡(琵琶の宗家),枇杷殿跡へ。

 その後、禁門の変で有名な蛤御門にて幕末の傷跡を観る。京都御所の西面を通り五摂家の一つ近衛邸跡、明治天皇誕生の地中山邸跡、京都御所の鬼門(東北角)に鬼門除けとしておかれている木彫りの猿(猿ヶ辻)の説明を聞きながら先へ進む。御所建春門の前を通り、橋本家跡(皇女和宮の生家),学習院跡,土御門第跡の説明後は、清和院御門を出て京都御苑の東側へ梨木神社そして紫式部の邸跡として有名な蘆山寺は、938年元三大師良源が開基された天台圓浄宗大本山である。ここでは紅葉の美しさに目を奪われ皆で記念写真を!

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 廬山寺の北にある清浄華院は、浄土宗大本山の一つであり860年清和天皇の勅願により慈覚大師円仁が創建した禁裏内道場に始まり法然上人が浄土宗寺院に改めたとされています。さらに北にある本禅寺は、法華宗の本山で光了山と号す。本禅寺の本堂は、火災防止のため檜表面は漆喰壁で白く塗られていた。
 御苑の北側には、京の都の鬼門を守ってきた猿神像が祀られている古社幸神社(さいのかみのやしろ)がある。本堂裏にて猿神像を観る事が出来た。最後に、相国寺の前を通り同志社大学の構内へ、ここから冷泉家を見学、平安末期から鎌倉初期に活躍した歌人の「和歌の家」である。

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 午後からは、少し寒さを感じる気温となったが、無事今出川駅までたどり着いた。本日の、案内役である山下さんには感謝です。有難う御座いました。
(文/T.Sawada)