京とおうみ自然文化クラブ

「京(みやこ)とおうみ自然文化クラブ」は、認定NPO法人シニア自然大学校の京都府・滋賀県の地方組織です。 旧ブログは左下リンク集より閲覧できます。

2022年12月

例会 12月22日(木)「蹴上から南禅寺・黒谷・吉田山を巡る」の報告

 昨夜来の雨が上がった朝10時、蹴上駅には会員20人+一般1人の計21人が集まりました。案内と説明は「京の大仏ゆかりの地を巡る」に続き、今年3回目の山下さん。事前に配布された分かり易い地図に従い、スタートしました。

 まずは蹴上駅前の浄水場の説明など聞いた後、日向大神宮の入り口前を通って疎水に向かう。琵琶湖疎水は明治になって天皇が東京に移った後、京都の産業振興のため、舟運、水力、灌漑等に利用するために開削。南禅寺周辺に工業地帯を作る計画だったが、水力発電に利用されたために工場計画は中止となり、その場所は、山形有朋の無鄰菴等の別荘地となったとの事。
 疎水近くのインクラインや蹴上の地名の由来となった義経地蔵を見て、疎水工事担当技師だった若き田邉朔郎氏の像の前を通り、水路閣を上から見て、南禅院を門から眺め、水路閣の下へ。当初トンネル開削を予定していた場所が亀山上皇の分骨所に当たったため計画が変更され水路閣が作られた。ここで記念写真を撮り、11時頃南禅寺に。

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 南禅寺は日本初の勅願禅寺で、亀山上皇が妖怪に悩まされていたところ、無関普門が退散させたので、開山に請じた。京都五山の筆頭とされていたが、足利義満が相国寺を筆頭としたいがために、南禅寺を別格上位とした。しかし義満の死後は相国寺は二位に戻された。法堂前から三門へ。2層、高さ22mあり、石川五右衛門で有名だが、実際には五右衛門の死後のもの。このあたりで有名な湯豆腐は、門番が副業で旅人に提供したのが始まりとか。
 次に工場予定地が変更されたという南禅寺界隈別荘地を通り抜け、岡崎神社前へ。コマ兎で有名だが時間の都合で通り過ぎ、金戒光明寺へ。京都守護職本陣と記された高麗門は、通常は寺院には用いられない城門で、寺内には城郭のような石垣が多い。御所に近く京を一望できる立地から、江戸時代に知恩院とともに改修されていたため、本陣となったとの事。
 金戒光明寺は浄土宗で、念仏発祥の地とされる。後小松天皇宸筆の扁額の掛かった山門、阿弥陀堂、法然上人の御影堂、京都守護職松平容保が新選組と会った大方丈を見て、蓮池周辺で12時10分から40分まで昼食。

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 休憩後、会津藩士の墓地へ向かう。螺髪が大きな五却思惟阿弥陀の横を通り過ぎると、藩士の涙か雨が降り始め、一時は霰も混じるなか、松平容保公の像を見て、真如堂へ。
 真如堂の本尊の阿弥陀如来は「うなづきの阿弥陀」と呼ばれ、女人を救いたまえ、と言うと阿弥陀像が頷かれたという。また境内には「京都映画発祥の地」の碑がある。これは牧野省三が明治41年、真如堂で「本能寺合戦」を撮影したため。
 雨が降ったり止んだりする中、真如堂を出て陽成天皇陵の横を通り、吉田山荘を門前から眺め、宗忠神社と歩く。逆立ちした狛犬が珍しいこの神社は、京の見晴らしが良く、明智光秀がここに城づくりをするよう織田信長に勧めようとしたが、まだ新参者であったため進言できなかった。もし城が出来ていれば、本能寺の変は起こらなかったかも、とのお話。
 13時20分頃、最終目的地の吉田神社斎場所大元宮に到着。平面八角形の背後に平面六角形の後房を付す特異な形式の社殿を持ち、全国3132座の神様を勧請しており、ここに参ると全国の神社に参ったのと同じ効験があるという。さらに、末社の山蔭神社(包丁の神様)、菓祖神社(お菓子の神様)の前を通り、本宮へ。本宮にお参りし、ここで本日は終了。13時45分、解散となりました。

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 前半は結構暖かく、後半は雨が降って少し寒くなりましたが、歩きやすいコースで、山下さんには平安時代から明治まで、幅広く興味深いお話を、分かり易く解説していただきました。ありがとうございました。   (文/O.I.)

例会 12月6日(火)「京都御苑の巨木・珍木巡り」の報告

 12月6日(火)最低気温5.5℃ 地下鉄丸太町駅北改札口に10時集合。参加者は29名(うち一般1名)。朝の気温は前日に比べて2度下がりましたが、晴れて風もなく陽の当っている所では暖かく感じられます。
 間之町口から閑院宮邸跡に向かいます。宮邸前にてスケジュールの説明があり、2班に分かれて行動することになりました。講師は1班が澤田(勉)さんと澤田(章)さん、2班は新堀さんと八木さんが務めてくださいます。私は2班の皆さんと一緒に回りました。

 1班が職員の方の説明を聞いている間、2班のメンバーは御苑内の動植物の説明のある部屋を見て歩いたり、シアターに入ったりしていました。職員の方から京都御苑の成り立ちをざっと説明してもらいました。御苑の地図が時代ごとにデジタルマップで見られるようになっています。変遷がよくわかります。御所の周りにあった公家の家が東京遷都の後全てなくなります。まだ来館されていない方は御苑に来られたら一度立ち寄ってください。ここは京都御苑として環境省が、御所は宮内庁が、迎賓館は内閣府が管轄しているそうです。(最近休憩所が次々に整備されてきれいになっているのはどこのお陰なのでしょうか。)床もみじの美しいりっぱな部屋も見て歩きました。

1班
 宮邸前に再集合して、いよいよ巨木・珍木巡りに出かけます。まずは宗像神社に向かいます。鳥居をくぐってすぐのところに大きなクスノキがあります。この木はアオバズクが営巣することでも知られています。クスノキの幹回りをメジャーで測りました。4.85m。樹齢は400年だそうです。社へ行きます。この奥に樹齢600年のクスノキがあるのですがそばには行けません。日本の巨樹ベストテンのうち9本までがクスノキです。なぜこんなに大きくなるのかの説明も聞きました。
 神社を出てすぐ隣には大きなスダジイ、イロハモミジが続きます。黒木の梅榎松を観察後九条池へ。池を渡って奥にあるイチョウの木へ行き、幹回りの測定をしました。5.85m。御苑で一番大きな木だそうです。イチョウの精子を日本人が発見した話も聞きました。

 次にケヤキ・ムクノキと見ていきます。足元が落葉で黄色くなった場所が遠くに見えます。そこへ向かいイチョウの木の前で全員の集合写真を撮りました。
 次はオガタマエノキです。オガタマから古事記の天岩戸の話も聞きました。御苑の中にはこんなふうに合体した木がいろいろあります。しかし御所の中にはありません。後で中を見学するのですが、松などもしっかり剪定されていてこのような樹木はありませんでした。

2班
 *明治初期の東京遷都までここには大小140以上の屋敷がたちならぶ公家町が形成されていました。しかし遷都に伴って多くの公家たちも東京に移住したため公家町は急速に荒廃していました。これをごらんになった明治天皇が深く哀しまれ、京都府に御所保存・旧観維持のご沙汰が下されました。その後御苑の管理は京都府から宮内省に引き継がれ、1915年にほぼ京都御苑の姿が整いました。1949年に厚生省の管理運営のもとにその由緒ある沿革を尊重し、努めて現状の回復保存を図るとともに国民公園として広く国民に開放し利用していくこととなりました。* (環境省ホームページより) 明治維新からすでに150年以上が経ちました。これはあるがままに育てられた結果なのかもしれません。

 見学に戻ります。桜松、これは松の枝の上に桜の木が生え、それが根を伸ばして合体していました。松の木が倒れた後も桜は元気でいるというものです。
 この後迎賓館の南にある清和院休憩所にてトイレタイムをとり、野鳥観察中の人が集まっているバードバスを横に見て昼食場所に到着。東西の広い道でベンチに座って昼食をとりました。

 昼食後明治天皇が産湯に使ったと言われる祐井の前を通り猿ヶ辻へ。鬼門の説明は丑寅の方角の話から入りよくわかりました。金網の中の猿の話も興味深かったです。 カゴノキ、中が空洞のサクラ老木を見て後、京都御所を20分自由見学します。

京都御苑
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 センダンの前で再集合し、清水谷家の椋へ行きます。椋の実はいろんな人が食べたのか上の方にしか残っていませんでした。まだ食べたことのない人は一度味見をしてください。干し柿のような甘みがあります。その後、蛤御門の鉄砲の弾傷を見ました。初めに閑院宮邸の職員の方から聞いていた御門の位置が今とは違っていたのとことだが、どこにあったのだろうと皆で見まわしました。
 この後、エノキ、クスノキ、エノキと大きな木が続きました。最後のエノキが御苑内でNo.2の巨木でした。ここで集合し、解散しました。午後2時55分。巨木・珍木巡りだけでなく、色々な歴史も知る事ができた楽しい一日となりました。講師の皆様、ありがとうございました。   (文/海老原)

草津市立志津南小4年生「りょうぶの道」観察会の報告

  今回の自然観察会については、学校からの要望として、従来3年生に対し、この観察会を校外学習の一環として継続してきました。しかし、コロナ感染対策で、今回の4年生は校外実習の機会に恵まれず、やっと、10月の「やまのこ」で校外に出られたくらいで、是非、校外学習の機会を経験させたいとのお話でした。また、当クラブも、自然文化への知識や会員相互の親睦のみならず、地域貢献活動の目玉になる学習支援は実施しておくべき活動だと考え、早々に実行委員会を立ち上げ準備を進めました。いっぽう、当クラブの活動としては、自由参加で当日対応の通常行事ではなく、対外的な責任という「縛り」があって、ミスが許されない行事でもありました。この為、事前に、現地の土佐さん、岡本さんが学校、市当局に数回にわたり足を運ばれ打合せを行いました。
 結果、都合5回の下見を行い、11月22日(火)、南草津駅8時半集合で9時からの観察会が行われました。同校の4年生4組138名を8班に分けて、17人の講師参加者が先導統括のタイムキーパーの土佐さんを先頭に、各班、講師とサブ役の講師サポーター各1名ずつで、丁度ぴったりのメンバー数になりました。

朝礼
 出発前の朝礼

 当日は、晴れ上がった青空の下、若草地区の住宅街を1列縦隊で歩き、20分位で「りょうぶの道」に着きました。カリンの実の香りを嗅ぎ、年輪サンプルでは年輪の数を数えて草と木の違いを児童たちに質問しながら進みます。また、自然観察に加えて、若草のみんなの家の水道水がここの給水タンクから配水されている事も説明しました。

 少し進んで、ヤマウルシ、ムラサキシキブや、ゴンズイも写真を掲げて説明しました。ムラサキシキブに対し、清少納言のワードが児童から出てきたのにはびっくりでした。コナラの木の下では、ドングリの見本ケースを見ながらドングリ集めを行いました。想定外は、「どんぐりクイズ」で芽がどこから出て来るか、のクエッスチョンの前に、児童が、頭から芽(根)を出したドングリを採取してしまった事でした。(笑い)また、猛毒のキノコのカエンダケが、「りょうぶの道」で初めてこの観察会で見つかった事、サルトリイバラのトゲ、クチナシの黄色い実、アオツヅラフジのタネのサンプルを高橋さんが準備して下さり、児童たちに虫メガネで「アンモナイト」を観察させる事も出来ました。ソヨゴの倒木跡では樹木の根の張り方を教えました。質問すると「木の高さ」と同じくらいの答えもありました。コウヤボウキの花を観察し、リョウブの木肌も触らせて体感させることが出来ました。

サルトリイバラの説明
サルトリイバラの説明
 いっぽう「ブラタモリ」ではありませんが「地学」の勉強として、丸っこい色々な色の小石が砂の中に混じっているのを観察させ、「りょうぶの道」が大昔、地質的に古琵琶湖層群の川の中流域だったことを想像させました。最後に三つ葉のテーダマツ、落ち葉を千切らせ匂いを嗅がせてみて、児童の一人が「何かの匂いだ。知ってるけど何だっけ」と考え込んでいるのに、昔「樟脳」と言うのがあってタンスに入れていたんだ、お母さんよりお婆ちゃんに聞くと良いよ、としたクスノキを最後に観察会を終えました。資料回収は海老原さんにお願いしました。

 一番気掛かりであったお天気が、京都も含めた早朝の濃霧で、高槻では街が雲海に沈むと言う珍しい気象状況の中、JRの遅延リスクも相俟って心配しましたが、現地は「小春日和」でホッとしました。また、地域・学校の見守りボランティアの方々の交通整理など地域全体のご協力も助かりました。何よりも、3月迄同校の教職にあった岡本さんが、草津市在住の土佐さんと共に、3年振りの開催に向けてご尽力頂きました。給食の時間に間に合うように、帰りを急ぎ、若草中央児童公園で児童からの質問と、お礼のあいさつを受けました。質問では、「りょうぶの道で食べてみたフユイチゴを家のプランターで育てられるか」との問いに対し、齊藤さんから、「自然の山にあるものは自然のままにしておいて下さい」との答えを教えました。児童に最近まで接しておられた岡本さんから「今日は穏やかで暖かな日差しのもと、予定通り りょうぶの道の自然観察会を実施することが出来ました。(中略)子どもたちも、目をキラキラと輝かせ、興味深々、喜んで参加している姿を見てうれしく思いました。」との感想を頂きました。改めて、早朝からの参加の皆さんに事務局からお礼申し上げます。   (文/事務局KS)

志津南小観察会
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研修会 11月21日(月)「季節の植物観察」の報告

 晴れ、参加者16名(実習生2名、一般1名)、説明担当者は斎藤さんと岡さん。風も無く暖かく、自然観察に良き日でした。以下、斎藤さんのグループの報告です。
 始めに北門付近から園内の色づいた木々を見回し紅葉、黄葉、褐葉の成り立ちや仕組みについて解説をして頂いきました。
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岡さんグループ        斎藤さんグループ
*坂本菊
 延暦寺門前町坂本で受け継がれている食用菊で、刺身のツマや菊酒で馴染みあり。明智光秀一族の菩提寺西教寺では、菊御膳あり。

*フウセントウワタ(キョウチクトウ科)
 黄緑色の風船状の果実は 目を引く。花冠は深く5裂して反り返り  中央には薄紫色の副花冠あり。フウセンの中には綿毛と種子あり 飛んで行くのが楽しみである。

*カンコノキ(コミカンソウ科)

 葉が舟底の平らな「かんこ舟]のようで、果実は、6個のくぼみがある カボチャ形。ハナホソガが、受粉を手伝い  雌しべに一つだけ 卵を産むという絶対送粉共生。

*キクタニギク
 京都東山の菊谷に自生していた。別名 アワコガネキク。

*カエデの仲間
 種類により葉の形様々個性的、色も黄色 オレンジ色 赤色様々。サトウカエデは、カナダの国旗の中央に描かれ、左右の赤帯は、太平洋と大西洋とのこと。樹木1本で一リットルのシロップ採取。

*マルバノキ
(マンサク科)    
 花弁5つの小さな赤花が二つ背中合わせに咲いていた。

*カイノキ
(ウルシ科)       
 偶数羽状複葉の孔子の木。太い枝に対し細い枝が直角に枝分かれし  その整然とした姿から楷書の語源となる。岡山県にある日本最古の庶民学校「閑谷学校」 には楷の木の巨木あり。

*ヤマコウバシ(クスノキ科)     
 借金取りに「この木の葉が落ちたら金を返す」 と告げる。葉が早春まで残るのは、離層が出来にくい為。

*ビワ
(バラ科)   
 ビワの花は、晩秋から冬にかけて咲き  芳香あり。ハエ、アブ、ホウジャク等が蜜を吸いに来ていた。花のガクには暖かそうな毛あり。
  

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(写真はクリックで大きく表示されます)
 その他  沢山の植物を案内して頂きました。季節の移り変わりが楽しめる貴重なひとときでした。斎藤様 有り難うございました。 (文/新堀)