12月6日(火)最低気温5.5℃ 地下鉄丸太町駅北改札口に10時集合。参加者は29名(うち一般1名)。朝の気温は前日に比べて2度下がりましたが、晴れて風もなく陽の当っている所では暖かく感じられます。
 間之町口から閑院宮邸跡に向かいます。宮邸前にてスケジュールの説明があり、2班に分かれて行動することになりました。講師は1班が澤田(勉)さんと澤田(章)さん、2班は新堀さんと八木さんが務めてくださいます。私は2班の皆さんと一緒に回りました。

 1班が職員の方の説明を聞いている間、2班のメンバーは御苑内の動植物の説明のある部屋を見て歩いたり、シアターに入ったりしていました。職員の方から京都御苑の成り立ちをざっと説明してもらいました。御苑の地図が時代ごとにデジタルマップで見られるようになっています。変遷がよくわかります。御所の周りにあった公家の家が東京遷都の後全てなくなります。まだ来館されていない方は御苑に来られたら一度立ち寄ってください。ここは京都御苑として環境省が、御所は宮内庁が、迎賓館は内閣府が管轄しているそうです。(最近休憩所が次々に整備されてきれいになっているのはどこのお陰なのでしょうか。)床もみじの美しいりっぱな部屋も見て歩きました。

1班
 宮邸前に再集合して、いよいよ巨木・珍木巡りに出かけます。まずは宗像神社に向かいます。鳥居をくぐってすぐのところに大きなクスノキがあります。この木はアオバズクが営巣することでも知られています。クスノキの幹回りをメジャーで測りました。4.85m。樹齢は400年だそうです。社へ行きます。この奥に樹齢600年のクスノキがあるのですがそばには行けません。日本の巨樹ベストテンのうち9本までがクスノキです。なぜこんなに大きくなるのかの説明も聞きました。
 神社を出てすぐ隣には大きなスダジイ、イロハモミジが続きます。黒木の梅榎松を観察後九条池へ。池を渡って奥にあるイチョウの木へ行き、幹回りの測定をしました。5.85m。御苑で一番大きな木だそうです。イチョウの精子を日本人が発見した話も聞きました。

 次にケヤキ・ムクノキと見ていきます。足元が落葉で黄色くなった場所が遠くに見えます。そこへ向かいイチョウの木の前で全員の集合写真を撮りました。
 次はオガタマエノキです。オガタマから古事記の天岩戸の話も聞きました。御苑の中にはこんなふうに合体した木がいろいろあります。しかし御所の中にはありません。後で中を見学するのですが、松などもしっかり剪定されていてこのような樹木はありませんでした。

2班
 *明治初期の東京遷都までここには大小140以上の屋敷がたちならぶ公家町が形成されていました。しかし遷都に伴って多くの公家たちも東京に移住したため公家町は急速に荒廃していました。これをごらんになった明治天皇が深く哀しまれ、京都府に御所保存・旧観維持のご沙汰が下されました。その後御苑の管理は京都府から宮内省に引き継がれ、1915年にほぼ京都御苑の姿が整いました。1949年に厚生省の管理運営のもとにその由緒ある沿革を尊重し、努めて現状の回復保存を図るとともに国民公園として広く国民に開放し利用していくこととなりました。* (環境省ホームページより) 明治維新からすでに150年以上が経ちました。これはあるがままに育てられた結果なのかもしれません。

 見学に戻ります。桜松、これは松の枝の上に桜の木が生え、それが根を伸ばして合体していました。松の木が倒れた後も桜は元気でいるというものです。
 この後迎賓館の南にある清和院休憩所にてトイレタイムをとり、野鳥観察中の人が集まっているバードバスを横に見て昼食場所に到着。東西の広い道でベンチに座って昼食をとりました。

 昼食後明治天皇が産湯に使ったと言われる祐井の前を通り猿ヶ辻へ。鬼門の説明は丑寅の方角の話から入りよくわかりました。金網の中の猿の話も興味深かったです。 カゴノキ、中が空洞のサクラ老木を見て後、京都御所を20分自由見学します。

京都御苑
(写真はクリックで大きく表示されます)
 センダンの前で再集合し、清水谷家の椋へ行きます。椋の実はいろんな人が食べたのか上の方にしか残っていませんでした。まだ食べたことのない人は一度味見をしてください。干し柿のような甘みがあります。その後、蛤御門の鉄砲の弾傷を見ました。初めに閑院宮邸の職員の方から聞いていた御門の位置が今とは違っていたのとことだが、どこにあったのだろうと皆で見まわしました。
 この後、エノキ、クスノキ、エノキと大きな木が続きました。最後のエノキが御苑内でNo.2の巨木でした。ここで集合し、解散しました。午後2時55分。巨木・珍木巡りだけでなく、色々な歴史も知る事ができた楽しい一日となりました。講師の皆様、ありがとうございました。   (文/海老原)