3月1日(火)朝、まだどんよりと曇り空、いつ雨がやってくるのか心配な中、今日、案内いただくのがベテランの松浦さん。ひと通りコースの紹介があり、雨が心配なのでできるだけ午前中に回ります、とのこと。早速、参加者20名と共に歩き出す。
 近鉄竹田駅南口から5分ほどで「安楽寿院」。当時(11世紀)、鳥羽の別邸として、院の近臣・藤原季綱が白河上皇に寄進し、上皇が大規模な拡張工事を行ったのが鳥羽離宮の始まり。白河・鳥羽・後白河の3代の院政の舞台となり、鳥羽上皇が先の安楽寿院を造営した。
安楽寿院
                     安楽寿院
 このあたり一帯、鳥羽離宮跡は京都市南区上鳥羽、伏見区下鳥羽・竹田・中島の付近で敷地面積は180万平方メートル(甲子園球場の約45倍)、相当な広さである。歴代の天皇陵があり、近衛天皇・鳥羽天皇・白河天皇の各陵をたずねた。
近衛天皇陵1
                    近衛天皇陵
 途中11時頃、「北向山(きたむきざん)不動院」を訪ねた。これは1130年、病にかかった鳥羽天皇が病気平癒のために寺院を建立、勅願寺としたもの。ここの本尊は不動明王で平安京を守るため北を向いている。それで「北向き山」と名付けられた。松浦氏から、仏像には、如来・菩薩・明王・天(部)の4種があると教えられた。
 国道を渡ると白河天皇陵だが、白河天皇は退位した後も上皇となって実権を握り、堀河・鳥羽・崇徳3代に渡って幼主を擁し、43年間にわたり院政を敷き、時の権力者となった。すぐ近くに西行法師が鳥羽上皇の北面の武士であった頃の邸宅跡があり、何とも貧相で小さな祠であった。ちなみに、北面の武士は上皇の身辺を警護することが仕事。
 昼食後、梅と椿で有名な「城南宮」を楽しみにしていたが、小雨まじりの空模様となった。塀越しに3分咲き程度の梅をのぞき見しながら、絢爛豪華なしだれ梅は、残念ながら後日の楽しみとなった。平安遷都から京都の南に創建されて1200年、引越・工事・家相の心配を除く「方除(ほうよけ)の大社」と仰がれている。後髪ひかれる思いの城南宮であったが、数々の天皇陵を拝ませていただき、また松浦氏の丁寧な説明に感謝申しあげる。 (文/吉田)
城南宮のしだれ梅
                    城南宮の枝垂れ梅