京大正面前バス停から東一条通りを東に歩いて吉田神社鳥居をくぐって吉田神社に到着。参加者は会員27名、一般参加2名、計29名。
吉田神社は859年に藤原山蔭が京の都の鎮守として春日大社から藤原一族の四神を勧請して創建された。この山蔭の子孫には天皇が多い。節分祭が有名で、前日に降りてきた鬼を本殿から矢を放って追い払い、翌日に改心した鬼が福鬼になり頭をなでると厄を払うなどの解説があった。
吉田山は花折断層の横ずれによってできた山で、この花折断層に沿って鯖街道があると教えていただいた。
菓祖神社は田道間守命、林浄因を祀っている。田道間守は垂仁天皇の命を受けて非時香果を十年後に持ち帰ったがすでに垂仁天皇はなくなっており、それを嘆き悲しんで死んでしまった。この時に持ち帰ったのが橘でこれがお菓子の始まりとされている。この神社の前にタチバナが植えてあり、果実が沢山なっていた。タチバナは五百円硬貨の裏面に刻印されていると聞いて、みんなが五百円硬貨を取り出して刻印を探すと。確かに裏面の左右に刻印されていた。また文化勲章にも使用されていると聞いた。一方、林浄因は中国から来日した禅僧。中国の饅頭には肉が使用されているので禅宗では食べられない。そこで小豆を使った饅頭を作ったところ宮廷にも献上されるほどの評判となり、そのために「饅頭の神様」として菓子業界では崇められている。
山蔭神社は吉田神社を造った藤原山蔭を祀っており、日本で最初にあらゆる食物を調理調味した始祖として「包丁の神」「料理飲食の始祖」として崇められている。5月8日には「庖丁」と「まな箸」だけで食材に触れずにさばき瑞祥に盛り付ける「式庖丁」が行われる。
斎場所大元宮は吉田兼倶が創建。吉田神道を起こし、全国の神を祀った。伊勢神宮の内紛により火事でご神体が不明なるなど伊勢神宮の神霊が愛想をつかして吉田山に飛んできたとして天皇からそのことを認められたことで明治維新まで権力を握っていたとの話があったが、伊勢神宮の内宮と外宮の内紛や神が飛ぶことを初めて聞いて驚いた。
途中で、ヒサカキの実を潰すと綺麗な紺色になることに驚き、また赤い実がたわわになっていたイイギリの葉柄には多くの蜜腺があるのを確認した。
吉田山山頂へ登りながら、吉田山公園にある三等三角点と「紅もゆる」の歌碑、谷川茂次郎が茶の湯のために建てたが現在はカフェになっている茂庵を見て山頂の東屋に着いた。ここから大文字が綺麗に見えたが、樹木が多くなって視界が狭くなっていたのは残念だった。
吉田山公園に戻って、ここで食べる人と下って京大のコンビニ前で食べる人と分かれて昼食。吉田山公園で昼食を食べた人の多くは京大の百周年時計台記念館1階にある京都大学歴史展示室で京都大学、第三高等学校の歴史を見てから京都大学総合博物館に向かった。懇親忘年会に行かない人もいるので入館前に解散した。
京都大学総合博物館に入ってすぐに今年ノーベル賞を受賞した北川。坂口両先生の展示があった。自然史ではフィールドワークの成果を中心に、技術史では昔の実験機器などが、文化史に関しては古文書や埴輪などが展示されていた。自然史の展示が多く興味深かったが少し暗くて説明を読むのが老眼にはつらかった。
朝に少ししぐれたが、晴れていて風もなかったので暖かくまだ紅葉の残った吉田山の散策や京都大学構内やその研究成果なども見られて楽しい一日だった。 (文/三輪)











