京とおうみ自然文化クラブ

「京(みやこ)とおうみ自然文化クラブ」は、認定NPO法人シニア自然大学校の京都府・滋賀県の地方組織です。旧ブログは左下リンク集より閲覧できます。

研修会 2月26日(木)「季節の植物観察・スプリングエフェメラル」の報告

 京都府立植物園ではスプリングエフェメラルの花たちが咲き始めました。今回はそんな春の訪れを感じる観察会です。案内役は、ベテランの大川内恵美子さん、そして今回初めてのデビューとなる松山美紀子さん、ちょこっとお手伝いのサブ髙橋弥生です。天気は曇、気温14℃と寒くもなく観察しやすい日でした。参加者は、会員21名・実習生4名・一般1名の計26名で、2つの班に分かれました。今回は松山班の観察の様子を報告します。
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 ワイルドガーデンでは、ハボタンが花壇一面に綺麗に並んでいます。「ハボタンは何科ですか?」の質問に、皆さんからはすぐに「アブラナ科」との答えが返ってきました。もともとヨーロッパのケール(キャベツ)が先祖で、江戸時代に日本に渡来しました。日本で品種改良が進み牡丹の花のようだと流行を生みました。私の考えですが、と前置きして「低温にさらすと葉緑素が分解されてアントシアニンが生成されて赤い色が出る。クリーム色はイチョウの黄葉と同じで、もともとの色素が残ったもの。ハボタンの色は樹木の紅葉の仕組みと同じではないか」との説明がありました。なるほど…。
 ナルキッスス・カンタブリクス(ヒガンバナ科)はスイセンの原種で、白い小さな花をたくさん咲かせていました。続いてはクリスマスローズ(キンポウゲ科)の花を観察。スプリングエフェメラルはキンポウゲ科の植物が多いので、事前に花の構造について学習です。花弁ように見えるのは実はガク。では花弁はどこでしょうか。ガクの中にあり、雄しべの周りの蜜腺に変化しています。皆さん、「身近なお花なのに知らなかった~」と驚かれていました。クロッカス(アヤメ科)の黄色い花が咲いていました。クロッカスとサフランの花は似ています。サフランは秋咲きで、雌しべはスパイスとして利用されています。さらに婦人薬(更年期障害など)として使われているとのことです。
 そこから少し南の梅が咲いている樹木のエリアには、桜守の佐野藤右衛門氏のゆかりの桜が数本植えられています。昨年10月に97歳で逝去され、その形見となる‘京姫’(けい)が最近植樹されました。同じく藤右衛門氏作出の早咲きの‘彬姫桜’(あきひめざくら)は、蕾が膨らみもうすぐ咲きそうです。
 球根ガーデンでは、スノードロップ(ヒガンバナ科)が満開です。白い花弁の外側は外花被(がいかひ)、内側は内花被(ないかひ)と呼び、内花被には逆さ向いた緑色のハート形の斑紋がありました。夜には花を閉じて暖かさを保っているそうです。また、この球根に含まれる成分ガランタミンは、アルツハイマー型認知症の治療薬として使われているそうです(医薬品名レミニール)。いつかお世話になるかもしれない!!お世話になりたくない!!との声が…。続いてシクラメンラッパスイセンを観察。房咲スイセンには「雄しべが何本ありますか」。ここでルーペを出して観察。3本と思ったけれど、実はその下にもう3本あり、合わせて6本でした。雄しべの辺りを覗くと、ビー玉のようなきらりと光るものがあり、それは何でしょう。松山さんは、自宅のスイセンに竹串を突っ込みそれを舐めてみたそうです。「すごく甘かった~!」と、それは蜜です。スイセンの勉強をたくさんしました。
 生態園へ行く途中でオニグルミ(クルミ科)の冬芽の観察。しっかりした裸芽と、葉痕の形は羊の顔か、ゴリラの顔か、皆さん想像を膨らませていました。生態園では、アブラチャン(クスノキ科)の木にたくさんの冬芽が付いました。葉芽と花芽が、クロモジ属特有の小の字の形です。クロモジ属の中で一番小さな花芽なのに、ビー玉くらいの大きさの果実を付けるそうです。ノグルミ(クルミ科)の大木はすべて葉を落とし、枝先に小さな松ぼっくりのような果実(果穂)をたくさん付けていました。松山さんが、事前に用意した小さな箱の中には果実と種が綺麗に並んでいて、皆さんに見せてくれました。小さな種ですが、周りに翼がついていて、形はクルミに似ています。
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 タチバナイヌガシなどを見たあと、次はシャリンバイ(バラ科)、奄美大島の大島紬は有名ですが、この紬の糸を染めるのにシャリンバイ(現地ではテーチ木と呼ぶ)の樹皮を使います。シャリンバイに含まれるタンニンと、現地の鉄分の多い泥中で染を繰り返すと、特有の黒色に染まります。実際に、シャリンバイの枝を煮出した液と、それにさび釘を入れたものを見せてもらいました。シャリンバイだけのものははちみつ色、さび釘を入れたものは黒豆の汁のような色をしていました。その準備にも感心です。写真参照。
 続いてダンコウバイバクチノキ、そしてその下にはハナミョウガ(ショウガ科)が赤い果実を付けていました。葉の手触りはピロードのようにふんわりとして綿毛が付いています。ルーペで果実を見ると、そこにも毛が全体に付いていました。果実の先に柱頭のように見えるのはガク片で、面白い果実でした。タマミズキクマザサオニシバリ、そしていよいよ春の妖精の観察。セリバオウレン(キンポウゲ科)はたくさん咲いていました。花の種類は雌花雄花両性花の3種類。小さな花なので目を凝らして観察すると、雄花と両性花の区別が分かりました。私たちの班は雌花を見つけられませんでしたが、大川内班は、どなたかが雌花を見つけられました。皆さん大変熱心に観察されていましたね!
 ユキワリイチゲ(キンポウゲ科)は、花弁がたくさんあるように見えるのですが、これもガク片です。この花はお日様が出る午後に咲きますが、当日は曇だったためほとんどが閉じていました。セツブンソウ(キンポウゲ科)は満開でした。落葉樹カツラの木の下に生えており夏の間は暗い林床となり休眠しますが、冬になると日が差し込み春一番に花を咲かせます。これは春の妖精たちの生きる戦略です。黄色の蜜腺は花弁が変化したもので、この花の構造はクリスマスローズとほぼ同じでした。フクジュソウ(キンポウゲ科)は、日が当たると花が開きます。花中の温度は外気温より5℃程度高く、まだ寒い春の初めに虫が暖を求めてやってきます。なぜならこの花には蜜がなく、受粉をしてもらうため虫を呼び込む作戦です。全草毒で食べると毒成分のシマリンが心臓の働きを狂わせる危険性があるので注意。同じエリアにフキノトウ(キク科)も芽を出していましたが、芽出しの頃は似ているので混同しないようにと注意喚起がありました。
 最後はシナマンサク(マンサク科)、春一番に「まんず咲く」が語源です。紐状の4枚の黄色い花弁があり、雄しべと仮雄しべ(蜜がある)をルーぺでじっくり見ました。仮雄しべの存在は分かりにくかったようです。ここで本日の観察会は終了です。松山さんには一つ一つの花の構造や、たくさんありすぎて詳しくは書けなかったのですが、生薬としての成分や利用についても詳しく教えていただきました。ありがとうございました。
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(写真はクリック/タップで大きく表示されます)
 午後は、自由参加で10名ほどの人数でした。早春の草花展、四季彩の丘を巡り、梅林では雌しべがない花探し、最後にツバキの梵天葉探しに夢中になり終了となりました。   (文/やよい)

3月~5月の行事予定

  ★4/6(月)例会「洛西・タケノコの里を歩く」
   について、当方のミスで「自然と仲間」3月号の
   行事予定(黄色の冊子)に記載があ
りませんが、
   実施予定です。会員の方には
後日、メールにて詳
   細を連絡します。

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予定表はクリック/タップで大きく表示してご覧下さい

  ★
雨天実施等の特記のない屋外行事は、下記
   天気予報で、行事実施地域の午前中の降水
   確率が60%以上の場合、中止です。

 ・前日21時前のNHK天気予報
    ・前日17時の気象庁HP(6~12時)

   上記二種の天気予報の内容は同じですが、
   気象庁ホー
ムページは行事当日の5時に
   更新されます。しかし、その結果にかか
   わらず、
前日17時の予報に従います。



例会 2月24日(火)「大和大納言豊臣秀長ゆかりの地を巡る」の報告

 日中は20℃を超える穏やかな今日、今話題の「豊臣秀長ゆかりの地を巡る」が行われました。集合は近鉄郡山駅、改札出口には最近取り付けたと思われる桐の紋を画いた垂れ幕で出迎えられる。案内は歴史・文化の行事でいつもお世話になっている山下さんです。今日の参加は会員42名、一般参加7名の計49名の盛況。
 まず駅前で概要説明を受け、早速秀長公の墓所に向かう。住宅地をしばらく歩くと住宅のすぐそばに「大納言塚」があった。これは案内していただかないとなかなかわからない。門前には「お願いの砂」があり学問の知将と言われた秀長ゆかり。私も石の箱に3回砂を通して願う。
 続いて「大職冠の楠」へ、大織冠藤原鎌足を祀る談山神社は郡山城の鎮守としてこの楠のある丘稜に遷座したという。樹齢500年、高さ25m、幹回り5.7mと記載があった。 「大織冠鎌足神社」へ、ひっそりとしたところにあった。霊験あらたかな神として広く崇拝されてきた。ここで赤對さんからマメ知識として、阿武山古墳で発見された鎌足の墓、大織冠のことなどの説明をしていただいた。
 郡山の一番高い所である郡山中学校を横手に見て郡山城内に向かい2023年に新しく出来た「郡山城情報館」で昼食をとる。午後は郡山高校前を通り正面の「追手門」に、左に追手向櫓、右に追手東隅櫓がある。入門するとそこは梅が満開素晴らしい。
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 城址会館前へ、奈良県最初の県立図書館だったとのこと趣のある外観である。ここも梅が満開で集合写真を撮る。「柳澤文庫」をへて「極楽橋」「柳澤神社」そして「天守台」へまず石垣の説明を受ける。石垣は野面積みで、自然石の他に石仏や礎石、墓石などの転用材が多くも用いられている。特に逆さ地蔵は有名で皆さん、覗き込むように見ておられた。また隅角部の基礎部付近の礎石は平城京羅城門のものと言われている。
 天守台に上がり遠くを見渡せば、若草山、興福寺、東大寺が、左の方には薬師寺、唐招提寺が確認できた見事な眺望である。
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 次に「春岳院」にむかう、ここは秀長の菩提寺で看板が新しい、ブームを見越して新しくされたか?建物もクラウドファンディングで改修されたとの事。次に秀吉をもてなす茶会に献上した餅菓子の老舗「菊屋」に、いかにも昔を感じる建屋である。多数の皆さんお土産に買われたようだ。この辺りは昔の城下町で「箱本十三町」と言われている。秀長は有力な商工業者集め税金を免除し、自治権や独占権を与え城下町の振興を行った。十三町の一つ柳町は金魚通りと呼ばれておりここのマンホ-ルも金魚が描かれている大和郡山市は金魚の産地で有名。
 「紺屋」に立ち寄る、藍染商の町家を再生した観光施設でこの時期、雛人形も飾られている。「源九郎稲荷神社」は歌舞伎の「義経千本桜」に登場する源九郎狐を祀る神社で境内には歌舞伎役者から寄進された幟も見受けられた。すぐ隣が「洞泉寺」でご本尊は快慶作の阿弥陀三尊立像、境内には郡山城内から移された光明皇后ゆかりの「垢かき湯船」と「垢かき地蔵」があった。
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(写真はクリック/タップで大きく表示されます)
 ここで解散、本日は盛りだくさんの内容で、秀長の活躍の様子、満開の梅も堪能でき、季節の雛人形も各所で見ることもでき楽しい一日でした。案内の山下さんには詳しく教えていただき感謝です、有難うございました。 (文/澤田章夫)

公開講座 2月16日(月)「秀吉兄弟が造った京都ゆかりの地」の報告

 2月16日(月)午後1時30分より、地下鉄烏丸線・丸太町駅すぐのハートピア京都にて、(株)らくたび代表の山村純也氏による公開講座「秀吉兄弟が造った京都ゆかりの地」が開催されました。会場は広く交通の便もよく、またテレビ出演も多い山村先生によるタイムリーなテーマということもあり、参加者は会員66名、実習生23名、一般参加10名の計99名と大盛況でした。
 昨年8月に開催した公開講座「べらぼうの時代と京都の花街」が大好評だったことから、今回も山村先生にご登壇いただき、今年のNHK大河ドラマにちなみ、豊臣兄弟と京都をテーマにお話しいただきました。京都観光に携わる者として、ドラマをきっかけに多くの人が京都を訪れることを楽しみにしているとのことでした。講演はスライド映写を用い、配布資料に沿って進められました。
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以下、講演内容の概要です(紙面の都合により要点を抜粋して記載します)。
【秀吉と京都の関わりの始まり】
 放映中の大河ドラマのストーリーを導入に、歴史的な流れが解説されました。農民という低い身分から出発した兄・秀吉と弟・秀長が天下統一へと歩む物語は魅力的ですが、講演は次第に「秀吉と京都の関係」に焦点を当てていきます。
 順調に出世した秀吉は、足利義昭を奉じて上洛した織田信長の命を受け、京都の治安維持や政務に関与します。これが秀吉と京都の最初のつながりです。その後、山崎の合戦を経て織田家中での地位を固めます。あまり知られていませんが、山崎の合戦で戦略上重要となった天王山に、戦後築いた山崎城が秀吉による最初の「京都の城」となります。さらに洛中に妙顕寺城を造営し、政権の拠点としました。以後、政権基盤を固めながら、本格的に京都に足跡を残していくことになります。
【秀吉の京都における土木・建築事業】
• 聚楽第:広大な敷地を持つ平城で、金箔瓦や金碧障壁画で飾られ、天皇の行幸も迎えました。京都  の中心に壮麗な城を現出させましたが、遺構がほとんど残っていないのが惜しまれます。
• 町割りの変更:従来の正方形の区画を短冊形に改めました。京都発展の基盤となったと評価されています。
• 寺町通の形成:町割り変更に伴い移転を余儀なくされた寺院を鴨川沿いに集め再配置しました。本能寺や廬山寺など多くの有名寺院も移転しました。
• 京都新城:京都御所を修復するとともに、御所南に京都新城を築きました。仙洞御所内での発掘調査で遺構が確認されています。
• 御土居:洛中と洛外を区分する土塁として整備されましたが、目的には謎も多く、遠回りを強いられたため評判はあまり良くなかったようです。現在まで残る部分はわずかです。
• 伏見城・淀古城:交通の要衝である伏見に二度、壮麗な城(後月城、木幡城)を築き城下町を整備し、政治の拠点としました。淀古城は側室・茶々の産所として築かせたものです。いずれも当時の建物は残っていません。
【豊臣一族に関わる施設】
• 大光院:秀長の墓はかつて大和郡山の菩提寺にありましたが、家臣・藤堂高虎により大徳寺塔頭の寺院内に移築されました。京都に残る秀長ゆかりの数少ない遺構です。
• 高台寺:正室・ねね(北政所)が秀吉の冥福を祈るため建立しました。
• 東寺金堂、北野天満宮本殿など:息子・秀頼の寄進により多くの寺社が修復されました。
【秀吉の文化面での貢献】
• 茶道:北野天満宮での大茶会は大規模なイベントとなり、千利休を重用して茶の湯の普及に努めました。
• 能:自ら舞台に立つほど能に傾倒し、能の形式確立と発展に大きな影響を与えました。
• 美術:狩野山楽らの絵師を登用し、金碧障壁画など豪華絢爛な美術を城郭や寺院に展開し、安土桃山文化を発展させました。
• 宗教:方広寺を建立し、都市の守護と信仰の象徴としました。かつては巨大な大仏がありました。豊臣家滅亡の原因になった梵鐘は現存しています。
【伝説的なエピソード】
京都に残る秀吉ゆかりの伝説も紹介されました。項目のみ記します。
  • 湯たくさん山茶くれん寺(浄土院)  • 鳴虎図(報恩寺)
  • 白川石仏(子安観音)         • 手取釜(良恩寺)
【近代・現代における秀吉像と影響】
 豊臣のイメージは江戸幕府による抑圧を経て、明治期に再評価されました。現在、秀吉に関わる業績は京都の都市構造、文化、伝説、そして観光にまで深く影響を与えていることが述べられ、講演は締めくくられました。
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(写真はクリック/タップで大きく表示されます)
 今回の山村氏の講演は、豊臣秀吉とその一族の京都との関わりという視点から、現代の京都の町や文化を見つめ直す機会となりました。閉会にあたり、澤田会長より「面白く、おかしく、また詳しく説明いただいたことに感謝します」との挨拶があり、盛会のうちに終了しました。   (文/岸本) 

研修会 1月26日(月)「季節の植物観察・冬の寒さに耐える植物(冬芽)」の報告

 当日、気温は低めでしたが、風がなく穏やかな日となりました。参加者は会員20名、実習生3名。講師の齊藤さんのあいさつから始まりました。昨年12月の観察会に参加された方がその時の記録を持って参加されています。
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 クマノミズキの冬芽の観察から始めます。この冬芽は小さいけれど毛がびっしりと生えています。よく見てくださいとの講師の声かけに、ルーペを持つ人、スマホやカメラを出す人など様々ですが、みんな熱心に見ています。
 次は噴水から西へ向かう道を足早に移動してアオダモへ。枝先に3つの冬芽が集まっています。頂芽と頂生側芽が2つ。樹木は大きくなると枝先などはなかなか見えにくくなるが、普通に立って見やすい所に案内してもらっていることを感じる。とてもありがたい。次は横にあるイロハモミジ。枝先に小さな赤い冬芽が2個並んでいる。仮頂芽は間に落枝痕があるのだが、イロハモミジでは確認はできないとの話。続いてゴンズイへ。こちらは大きな仮頂芽2個の間に落枝痕がはっきりと見える。
 ロウバイの花を横手に見て、ずんずん進み生態園の奥へ。シモバシラのところに到着。今日は残念ですが、シモバシラの霜柱は見られません。期待して来られた方もあると思いますが、寒いから見られるわけではありません。講師から正月前の暮れと、1月10日に見ましたと話があり、画像を見せてもらいました。前日の昼の気温の下がった翌朝がねらい目ですとアドバイスがありました。掲載の写真は2023年12月23日に撮影された参考写真です。次の冬には自分の目でぜひ見たいものです。
 冬芽の観察に戻ります。すぐそばにオオカメノキ。昨年は冬芽が少なかったが今年はたくさんついていますと。丸い花芽の両脇に葉芽がバンザイしてついている。ウサギとかバルタン星人と称されるのがよくわかる。
 生態園の中を講師の後を追いかけて着いた所にはハクウンボク。葉柄内芽の確認。落ちているハクウンボクの葉を拾い、葉柄に冬芽を包んでいた痕跡を見つける。今は葉が落ちて冬芽が見える状態になっている。サワグルミタラノキシンジュと続けて説明を受ける。サワグルミの葉痕は羊が笑っているように見えると言いますが、どんな風に見えるかは人それぞれの感性です。タラノキの葉痕の維管束痕は真珠の首飾り。枝を4分の3周しています。表現がぴったり。ヒイラギナンテンの株もとに幼木が一本ありました。植えられたものではなく種が飛んできて自然に芽吹いたもののようです。葉が落ちて細い木があるだけなのですが、シンジュだと。シンジュは漢字では神樹、別名ニワウルシ。大きなハート形の葉痕からわかるそうです。植物園にある大きな木だと冬芽が見られない。ここで見られて良かった。
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 少し移動して、ユリノキの冬芽はカモノハシのくちばし。中には葉が折りたたまれていてそれぞれに托葉が付いているそうです。これはモクレン科の特徴。アジサイの裸芽、三大美芽のひとつコクサギの赤い芽鱗が重なり合っているのも見ていきます。エゴノキ、主芽の上に予備芽がおんぶされている。そう聞くと本当にそう見える。ハクウンボクも同じエゴノキ科だから同じ冬芽。シラキの冬芽と葉痕は私には三角帽子をかぶった子熊の顔に見えた。コハウチワカエデの冬芽をしっかり守る毛がたくさんついた膜質鱗片。毛糸のパンツです。そばにあるメグスリノキチドリノキの冬芽も同時に観察。カエデ属は冬芽の出方が二通りありますとこの時教えてもらいました。仮頂芽が2個並ぶものと頂芽1個に頂生側芽が伴うもの。メグスリノキは頂芽に頂生側芽が2個ついていたのですが、チドリノキの枝先は頂芽が1個のものと2個の仮頂芽ものがあります。1つの樹木に二通りと、おたおたしていた私に説明してくださった。
 この辺りから追い込みになりました。途中、一人の人の手が目にとまった。寒さで真っ赤になっている。手袋をしているとメモが取りづらい。ひびやあかぎれになりませんように。けれど見ておきたい冬芽の説明は続きます。
 クロモジ属のダンコウバイアブラチャン。アブラチャンは葉芽と花芽のセットがかわいい。真ん中に葉芽、両脇にこぶしを握った腕を上げている花芽。ダンコウバイは葉芽も花芽もほとんど柄がない。その違いをしっかり見よう。バイカウツギの隠芽。葉痕が割れて中にある冬芽がのぞいている。ヤハズホウノキは托葉が合着して一枚ずつ葉を包み、それが何枚も重なって大きな冬芽になっている。次々に托葉がはがれて葉を展開していく春が楽しみです。
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 時間が足りなくなりかけたけれど楽しい時間を過ごせました。ありがとうございました。参加された方々が熱心に冬芽を見ておられたのが印象に残っています。   (文/海老原)